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『ロスト・アイズ』でむしろよく見えるよ。

ロストアイズ

 今回は、すいませんもうほとんど上映終了してしまいました『ロスト・アイズ』の感想です。

 観に行った映画館はヒューマントラストシネマ渋谷。ファーストデイに行ったのですがレイトショーでの上映だったのでそこまで混んでいませんでした。会社帰りの30~40代のサラリーマンやOLが多めの印象。


概要:2010年のスペイン映画。監督・脚本はギリェム・モラレスという人。音楽はフェルナンド・ベラスケスという人。
 先天的な眼の病気で徐々に視力を失う運命にある女性、フリア(ベレン・ルエダ)。ある日、すでに視力を完全に失い、角膜手術を終えたばかりの双子の姉サラ(ベレン・ルエダ)が自殺したことを知らされショックを受ける。しかし、その死に不審なものを感じたフリアは、独自にサラの周辺を調べ始めることに。次第に明らかとなる驚きの事実。その一方で、フリアの視力はどんどん失われていく。やがてフリアは、自分が姉と同じ道を辿っていることを自覚し、恐怖を増幅させてしまうのだが…。
("allcinema online"より抜粋)


 『ブンミおじさんの森』では朗らかな闇の居心地の良さについて描かれていたし、『リセット』では人の心理を襲う闇の恐怖をホラー的に描いていたが、本作は"目が見えないこと"の恐怖や利点を通し「見る」という行為について深い洞察を描いている。

 新宿駅でも歩けば盲目の人をよく見かけるが、もし僕が急にいま目が見えなくなり、棒をポンと渡されてこれで家まで帰れと言われてもそんなことできないだろう。目が見えなくて恐いのは車や階段だけではない。もし誰かが親切に声をかけてきたとしてその人がどんな人かを判断できない恐ろしさ、人をその人格ですら視覚で判断しかねない我々が、その視覚を奪われたとき、どんな容姿か(『メタルヘッド』のヘッシャーみたいな容姿かもしれない)わからずに、その人を信頼するかどうかを判断せねばならない恐ろしさがある。


(1)まず本作はストレートに「見えないことの恐怖」を描く。

 本作の序盤は、上記のように健常者が突然失明したとき何もできなくなる恐怖が主に描かれるが、そこから物理的な「視力」が見せる"物事の曖昧さ"が導き出される。

 主人公フリアが持つ"ショックなことが起きると目が見えなくなる"という面白そうな設定は残念ながらあまり活かされてはいなかったが、その曖昧な視力が、"自分が見ていたものは本当に現実だったのかどうか"という、『アンノウン』のごとき、自分が信じられなくなる恐怖の描写がゾクゾクくる。特に犯人らしき男が施設の暗い地下室を逃げるシーン、フリアが照明のブレーカーを上げてバシバシ手前から照明が点灯を始めていくが、その照明の点灯のわずか一歩先を犯人が走るので、その姿が見えそうで見えないという演出がヒッチコック風で良かったです。彼は本当に存在するのかどうか、すごく曖昧。
 あまりに誰も「姉を殺した何者か」の存在を信じてくれないあまり、本当に姉を殺した男はそこにいたのか、ただの妄想ではないのかとフリアは自身を疑い出す。
 そう思い出したフリアに、最愛の夫イサク(ルイス・オマール)が姉と不倫関係にあったという情報がもたらされる。「恋は盲目」なんて言うが、今まで自分は何を見ていたのか。視力はあっても何にも見えてはいなかったのではないか。
 そうして自分を見失い自分すら見えなくなってしまった彼女は視力も無くし、盲目となる。

 映画はフリアと一緒に観客も盲目にするのだが、その描写もキャラクターの首から上をことごとく映さないというシンプルかつ実に恐ろしい手法で、観客はフリア同様にすべての目に見えるものを怪しむことになる。


(2)続いて描かれる恐怖は逆に「見えてしまう恐怖」

 見えないことは恐ろしい。だが見えないことは何よりの現実逃避手段にもなる。

 後半フリアは視力が回復し、全てが見えるようになるが、わけあって盲目のふりをせざるを得ない状況に追い込まれる。
 介護士のイバン(パブロ・デルキ)をはじめ、視力でほとんどのことを判断する人間は、相手が盲目と分かると気を抜いてその化けの皮を進んで脱ぐ。そのとき普段見えない人間の本性が主人公には見えてしまうのだ。
 主人公を盲目と思って彼女に優しく振る舞う"犯人"の部屋は少女の惨たらしい刺殺体があったり犯人の身体は血だらけといった、まさに人間の裏側にある普段は見えないし見る必要もない悪夢のような心象風景だ。
 本作のキービジュアルにもなっているバッチリ開いた瞳に包丁の先端を突きつけるシーン(犯人はフリアは盲目だと信じているので、包丁を目に突きつけても怯えるはずはないのです)がもうとにかく恐ろしかった。

 このように後半ではこんなの見せられるなら目が見えない方がマシだと感じさせる悪夢的光景が広がる(実際本当に目が見えないままだったならば、フリアは殺人鬼の手厚い介護のもと幸せに暮らせたかもしれないというのが面白い)。


(3)本作のラストでフリアは再度視力を失う。しかしその表情は希望に満ち溢れていた。そこを考えたい。

 日本は自由な国とも言われている。ある程度好き勝手やっても平気で生活していける。
 ただしその自由は"見た目"によって制限されている。女の子は基本的に見た目のいい娘を好きになるし、見た目がダサい服なんて着たくない。
 逆に見た目がよければちょっと性格が難ありでも好きになるし、その服の見た目がよければ機能性もそこまで考えない。
 また序文に戻ると人は視力によってその人を信じるべきか否かを考えてしまう。しかしフリアや観客が信用できると思った人々(イバンや隣人の老婆)ほどおぞましい心の闇を抱えていた。

 我々は「見た目・外面」によって真実を目くらましされている『マトリックス』みたいな空間に生きているのかもしれない。
 フリアは前半、目が見えているからこそ、人の悪意を読み取れずに翻弄されてしまうし、失明したからこそ視力だけでは見れない人の裏側を知ることができた。
 最後の"犯人"との攻防戦、フリアが犯人に勝利し得たのは彼女が目に見えるものだけを信じなかったからだし、"犯人"は依然として目に見えるものしか信じなかったから(フリアが盲目か否かも見た目で判断していた)だ(
「目が見えない世界なら慣れっこ」と盲目を逆手にとって暗闇で犯人と戦うシーンがナイス)


 またフリアは結末にて、目が見えていた時には感じられなかった亡き夫の本当の愛を、視力を失うことで感じることができた。彼女は視力を失い、また回復し…を繰り返すことで、健常な瞳があれば決して見えない人間の悪意を知った。しかしまた一方で目が見えているだけだったら決して見えなかった愛も強さも知ったため微笑むことができたのだ。


 以上『ロスト・アイズ』は普段生活のうえで視力に頼りがちな我々を「ロスト・アイズ(失明)」させ、もう一度その瞳に映っているものが本当に全てなのかを問いかけ現実認識を変えてしまう作品だと感じた。


 ホラー描写もサスペンス描写も品とアイデアがありそれでいてワクワクし、物語も二転三転と飽きさせずに突き進み、まさにヒッチコックを彷彿とさせる作品でした。

 麻生久美子レベル。

 次回は『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』の続編、『ハングオーバー!!史上最悪の二日酔い、国境を越える』の感想です。
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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/07/25(月) 23:11:32|
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『ロシアン・ルーレット』では弱者は弱いよ。

13

 今回はリメイク企画すっかり忘れていました『13/ザメッティ』のハリウッドでのセルフリメイク『ロシアン・ルーレット』の感想。

 観に行った映画館は新宿ピカデリー。ポイントシステムが変わってポイントで観に行きづらくなりました…。
 客層はぼちぼち。ここはいつもそこそこ混んでますね。30~40代の男性一人客が多めでした。


概要:2010年のアメリカ作品。2005年の『13/ザメッティ』のセルフリメイク。製作総指揮・監督・脚本・編集・原案はゲラ・バブルアニ、音楽はマルコ・ベルトラミとバック・サンダース。
 病気の父を抱えた貧しい青年ヴィンス(サム・ライリー)。ある日、ひょんなことから耳にした大金が入るという仕事を求めてとある館へとやって来る。内容も分からず足を踏み入れたヴィンスだったが、なんとそこでは、17人の男たちが円になり、一斉に目の前の男の後頭部に向けて引き金を引く集団ロシアン・ルーレットが行われようとしていた。最後まで生き残れば100万ドルの賞金だが、運のない者には死だけが待っていた。プレイヤーは、刑務所からそのまま連れてこられたパトリック( ミッキー・ローク)や、弟ジャスパー(ジェイソン・ステイサム)によって無理やり病院から連れ出された重病のロナルド(レイ・ウィンストン)らワケありの連中ばかり。しかもその周囲には、それぞれのプレイヤーに大金を賭ける醜悪なギャンブラーたちの姿。成り行きからゲームに参加することになり、他のプレイヤーと同じように1丁の拳銃と1発の銃弾を渡され、第1ラウンドへと臨むヴィンスだったが…。
“allcinema online"より抜粋)


(1)幼少のころより荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』信者であるぼくは迷いもせず先日発売された『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』を購入いたしました。
 この本の素晴らしさは言うに及ばずですが、その序文に書いてあった"ホラー映画の持つ意味"「かわいい子にはホラーを見せよ」が名文だったのでそこを抜粋したいと思います。

 世界の醜く汚い部分をあらかじめ誇張された形で、しかも自分は安全な席に身を置いてみることができののがホラー映画だと僕は言いたいのです。(中略)登場人物たちにとって「もっとも不幸な映画」がホラー映画であると。だカラ少年少女が人生の醜い面、世界の汚い面に向き合うための予行演習として、これ以上の素材があるかと言えば絶対にありません。もちろん少年少女に限らず、この「予行演習」は大人にとってさせ有効でありうるはずです。(P.17,L.1~)



 すなわち物語とは多かれ少なかれ違う人生や生活の"追体験"なわけで、美しくハッピーな追体験と同様に、最悪な不運の追体験もあり、それを経験することは重要であると。
 例えば『塔の上のラプンツェル』は醜が美に打ち勝つ物語であったし、『ザ・ファイター』は経済的にはかなり下層な方にいる一般的な家族が協力しあってボクシング世界チャンピオンの座を勝ちとるという物語だったし、『処刑剣 14 BLADES』は悪の国家権力に強靱な肉体を持つ一人の兵士が立ち向かう物語であった。
 このように多くの映画(特に上記のような純粋エンターテイメント作品)は大体弱者が強者に勝つのが常である。
 なぜそれがエンターテイメントとして成り立つのか。それはそのことが珍しいから。強者が弱者に勝つのが世の常だからだ。
 ホラーは逆だ。最悪のタイミングで最悪な存在が最悪なことをする。

 さて、『ロシアン・ルーレット』弱者が強者にとことん打ちのめされる、映画では珍しい、現実的ではありきたりな恐怖を描いている。これはそういう類の追体験を描いている作品だ。


(2)本作は強弱がはっきりした物語である。
 テーマはシンプルであり、強い者は常に勝ち常に得をし、弱い者はとことん損して敗北し無造作に死んでいく。金持ちが痛い目にあって貧乏人が得をする映画が多いのは、現実はそうでないからだ。権力者は傷つかないが、底辺にいる弱者はすべからく損をする。

 経済的弱者の主人公ヴィンスの父は瀕死の負け犬になっているし、気の弱そうなヴィンスはゲーム参加者からいじめられたりする。圧倒的な権力を持っていると思われるギャンブルの参加者たちはなにをやっても(例え人を虫けらのように殺しても)自由だ。ヴィンスの直属のオーナーとなる老人の、枯れきった身体とは裏腹に欲望に煮えたぎる瞳の不気味さが素晴らしい。
 マイケル・シャノン演じる人を人となんてまるで思っちゃいない司会者は実に雑に参加者を扱い、どぎつい音響(弾倉をカラカラと回す音、ブザーの音、乾いた銃声はなんだかレイプされた感覚だ)は頭をガンッと殴られたようで、それらの要素によって観客は様々な欺瞞や飾りを剥ぎ取られ弱者となり、ヴィンスとともに異様な緊張感がある暴力の渦に強制的にまき込まれる。それはボンヤリしていたら取り返しのつかない暴力にまき込まれてしまったという『ヒーローショー』を彷彿とさせる恐怖である。

 以上、強弱がハッキリした本作では、強者はなんでもアリで、弱者はただ強者にいいようにされるだけなのだ。
 

(3)あまりにニヒルに”力”のヒエラルキーを描く本作が、弱者に一つ救いを提示しているならば、力ある者に勝つ可能性を提示している点だ。
 弱者を問答無用で虐げる暴力を避けるために必要なのはただ一つ"より強い力"だ。強者より強い力を持てば強者に勝てるのだ。

 強弱がはっきり出ていると書いたばかりで矛盾しているが、リボルバーの中に弾を一発だけ装填して誰かが弾に当たって死ぬまで参加者それぞれが自らを撃っていくというゲーム・ロシアンルーレットにテクニックの強い弱いは基本ない。それは運の問題とされる。
 それなのに本作では参加者のうち誰が生き残るかというギャンブルのオッズはやたら偏るし「あいつは強い、あいつは弱い」という情報が飛び交う。
 そして実際にロシアンルーレットに"強い者"と"弱い者"がいる。もちろん、"強い者"が勝ち、"弱い者"が負ける。

 『インビクタス -負けざる者たち-』でマンデラ大統領の強靭な「負けざる信念」が少しだけ世界を変えたように、この物語には、おそらく「信念」が強いほど強運を呼び込むというルールがある。

 ヴィンスの貧乏から脱したいという信念が彼に"ロシアン・ルーレット"の参加の切符を手に入れさせたし、最初は子猫のように怯えていた彼がそれでも生き残りたいという信念を強靭にもったからこの凄惨なゲームに生き残ることができた。死に損なったプレイヤーが処刑されたり、恐怖のあまり立てなくなった太った黒人プレイヤーが死んでいったりと、弱気になった者から死んでいくのだ。ヴィンスが最終的に勝利するカギとなるのが、原題でもある"13"という背番号にある。この呪われた数字にビビった者から破れていくのだ。
 全てが死んだようにざらついた映像のなかで、怯えながらも強力な生命のエネルギーを失わないヴィンスの瞳が印象的である。

 ところで本作は別にアクションシーンもないのに、まるで『エクスペンダブルズ』のように肉体派俳優ジェイソン・ステイサムミッキー・ロークが出ている。彼らのたくましい肉体は"強者"のアイコンであり、本作においても、実の弟をコマのように扱い死なせたり、悠々と勝利し、大金をせしめたりする。なぜなら彼らはシンプルに"強い"からだ。


 以上、本作は強者がとことん勝ち、弱者がとことん損をするというシビア極まりない世界を描き、恐怖の追体験を観客に与える作品だと感じた。


 ところで、ヴィンスは"強者"となり勝利を手にするが、"強い力"は彼に幸福をもたらすのだろうか。本作の哀しい結末は何かもう一言いいたげである。


(4)不満点というほどではないのですが、『悪魔を見た』『ビー・デビル』『ホステル』はたまた『プレシャス』『ブルーバレンタイン』『ヒーローショー』などなど様々な残酷映画を見てきた我々としてはもうちょっとはらわたをほじくり出されるような感覚に襲われてもいいとは思いました。いささかパンチが弱い。

 あとオリジナル版『13/ザメッティ』と比較すると、あちらはフランスのど田舎って点と、モノクロって点が殺伐とした得体の知れない不気味さを描いていて好きだったのですが、本作はアメリカだしカラーなのが少し残念。総じてこのリメイク版の方が好きなのですが。


 そんなこんなで、恐怖映画としてはなかなかの作品だと思います。強力な音が素晴らしいのでお家で鑑賞するのならばなるべくヘッドフォンかけて大音量での鑑賞がオススメです。

 神田沙也加レベル。

 次回はダニー・ボイルの新作です『127時間』の感想。

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  1. 2011/07/02(土) 03:28:12|
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『RED/レッド』はゴージャスでクレイジーでシニアな彼女にメロメロだよ。

red

 『天装戦隊ゴセイジャー』に関してはあまりにアレすぎるから、見つづけるモチベーションの為にもここで感想を書いておりましたが、普通に面白い『海賊戦隊ゴーカイジャー』に関しては毎週感想をかくべきなのでしょうか?

 あからさまにあの漫画とかぶっているメンバー構成なのは置いといて、それぞれの戦闘スタイルにかなり個性を出しているところ(外道なレッド、コミカルなグリーンや豪快なイエローの戦い方がよかったです)、過去戦隊にコロコロ変身するテンポ、スーパー戦隊のくせに5人ともやたらと悪びれているところなどとても楽しめました。
 あぁでも大体の部分において『仮面ライダーディケイド』でしたね。
 あと「まさか35代目のスーパー戦隊!?」とか「あれは記念すべき最初のスーパー戦隊、秘密戦隊ゴレンジャーじゃないかしら!?」などスーパー戦隊マニアのやたら棒読みな保母さんたちがパンチが効いていて良かったです。

 そんな今回は『RED/レッド』の感想。

 観に行った映画館はTOHOシネマズ六本木ヒルズ。平日の夜でしたが比較的混んでいました。客層なのですが、どうも年配の方が多め。なんでしょうかね? 皆さん、若者をぶっ殺したいのでしょうかね?


概要:DCコミックスの人気グラフィックノベルを映画化。監督は『きみがぼくを見つけた日』『フライトプラン』のロベルト・シュヴェンケ。
 かつてCIAの腕利きエージェントとして活躍したフランク(ブルース・ウィリス)。引退した今ではオハイオの田舎町で独り静かに暮らし、互いに顔も知らない役所勤めの独身女性サラ(メアリー=ルイーズ・パーカー)と電話で会話することを唯一の楽しみにしていた。そんなある日、フランクの家に武装集団が侵入。しかし、フランクは難なく一味を仕留め、政府に全て監視されていたためサラの身の危険も察知し、はたして暗殺の危機から彼女を救い出すのだった。そして元上司ジョー(モーガン・フリーマン)のつてを借り、一連の原因を調べると、フランクの他9人の名が記された暗殺リストを発見。またそのリストにも挙げられ、フランクの同僚で宿敵でもあったマーヴィン(ジョン・マルコヴィッチ)にリストを見せると、10名は中米グアテマラでの特殊任務の関係者たちだと判明する。さらに人脈を利用してCIA本部に潜入し、事態の謎を解く鍵となる“グアテマラ文書”をまんまと手に入れるフランク。やがて元英国諜報局MI6の名狙撃手ヴィクトリア(ヘレン・ミレン)のもとに集ったフランクら歴戦の勇者たちは、全ての黒幕が政府と癒着した軍需企業だと知り、怒濤の反撃に転じるのだが…。
("allcinema online"より抜粋)


 この映画、物語自体は大して上手くいっていなく、描きたいことも観客に伝えきれてないと思うのですが、メインではなく脇にあるものが頑張っているので、そちらに救われているのではないかと思われる。まるでメインのヒーローよりサイドキックのカトーの方がしっかりヒーローしているという『グリーン・ホーネット』を地で行くような映画でした。

 今回はまず先に「テーマが表現できていない」という不満点をあげていこうと思います。

 まずキャラクターに変化がないという不満点。
 この映画のウリって、「もう引退して静かな余生を送っているロートルたちが、現役復帰して暴れまくる」というところに爽快感があると思うのですが、ブルース・ウィリスもジョン・マルコヴィッチもハナからどう考えてもヤバい老人たちであり、現役を退いた雰囲気がないため、キャラクターの変化の面白さもなければ、共感もできない。
 ていうか主人公のブルース・ウィリスの見た目の時点でまるでロートル感がないのが問題。それどころかかなりマッチョだし、五十代後半くらいの設定だけれど実年齢よりずっと若く見えちゃうし、見るからに曲者感がプンプンする。

 で、老人と赤ん坊ってフィクションの中ではちょっとばかし倫理を超えた行動とっても「元気があってよろしい」って許されちゃうことがあって、でもブルース・ウィリスはそんなに老けて見えないから、倫理に外れた行動がどうもシャレになりづらく笑えない。
 まあこの点に関しては、どのような非道に堕ちても自分の愛する者は守るという抜き差しならない迫力が出るシーンもあって一概に非難はできませんが。特に刑事の実家に潜りこんで刑事を脅すシーンなどなかなか秀逸でした。

 逆に見た目が最も老人していた我らがマンデラ大統領ことモーガン・フリーマン演じるジョーはあの拷問シーンなどもっとひどいことしても良かったんじゃないかなとか。

 続いて登場人物の死について。
 「老いぼれちゃいないぜ、しぶとく生きるぜ」ってのがこの映画の描きたいところかなと思うんだけれど、なんで"あのキャラ"をあっさり殺しちゃったのかがわからない。あの死に物語上の意味も一切ないし、特にこれで登場人物たちが怒ることもない。敢えて言えば老いても衰えないプロ意識を描いたというところだろうか。
 あんまりあっさり退場しすぎて絶対に再登場するはずだと思ってたら本当に最後まで出てこないで逆に驚きました。(ここはすでに続編が決定している続編への伏線かも知れないけれど)

 このようにスカした若者相手に老人が無茶苦茶暴れまくるという展開を期待した身としてはどうもパンチ不足な作品になってしまっている

 他にも悪役のパンチが弱いとか、ヒロインの魅力が弱いとか不満はあるのですが、しかし、この作品、素晴らしい二つの美点があるんです。それでこの致命的な不満点を打ち消してしまっている。

 まずユニークかつ合理的なアクションシーン。
 例えば冒頭のフランク宅への襲撃シーン、暗殺者を静かに返り討ちにして落ちていた拳銃から弾を抜いてそれをフライパンに油しいて炒めだす。観客は何をするのかワクワクしてしまう。
 すると熱せられた銃弾が暴発、発砲音が鳴る。後続の暗殺者たちがそれを聞いて撃ち合いが始まったと勘違いし家に入ると、そこにはフランクが静かに待ち構え一人一人を速やかに合理的に処刑していく。
 また、後半のパーティーシーン、ヴィクトリアネックレスの使い方。何故だか入場者チェックで引っかかる綺麗なネックレスにはどんな秘密があるのかと観客は想像しワクワクするが、これも予想の斜め上をいく面白い使い方をされる。

 このような戦闘の組み立て方が独創的かつ合理的かつ爽快で、気の効いたパズルを解いているみたいでとても面白く気持ちがいい。

 そんな合理性の高いアクションの中で一人めちゃくちゃやるジョン・マルコビッチ演じるマーヴィンもいい味出している(彼の活躍はちょっと少なすぎやしないか?もっと物語をひっかきまわして欲しかった)


 それともう一つ良かった点が、上記の老人描写の不満点全てをなかったことにしてくれるヘレン・ミレンの大活躍。
 優雅で高貴で美しくてキュートな初老の婦人が白いドレスを着て機関銃をぶっぱなすシーンのかっこよさ! それでいて、そんなアクションなのに決して品を落とさず演じる彼女の仕草の美しさ。
 そして戦闘シーンのガラス玉のような「殺人マシーン」の瞳。
 決して熟女好きじゃないのですが、今夜ばかりは旧ソ連のスパイばりに彼女にメロメロです。

 以上、根本的に不満点はけっこうあるのですが、本筋とは別に横に添えられたアクションの楽しさとヘレン・メリルの怪演でとても楽しめるという、メインのヒーローは弱いけれどサイドキックはめちゃんこ強いという『キック・アス』を地でいくような結果オーライの作品でした。

 南明奈レベル

 次回はベン・アフレック監督作品だそうです『ザ・タウン』の感想。

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  1. 2011/02/14(月) 01:18:14|
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『リセット』は一筋の希望があるよ。

リセット

 今回は『リセット』の感想。前回の『やぎの冒険』に続きリクエストを受けて観に行って参りました。第7弾。

 観に行った映画館はシアターN渋谷。公開2日目でしたが、客数はそこまで。一人客の中年男性が多めでした。


概要:監督は『マシニスト』『ワンダーランド駅で』のブラッド・アンダーソン。
 ミシガン州デトロイト。その夜、停電が発生。この直後、映写技師のポール(ジョン・レグイザモ)、理学療法士のローズマリー(ダンディ・ニュートン)、そしてTVレポーターのルーク(ヘイデン・クリステンセン)はそれぞれ停電時に居合わせた場所で、周りの人間が服や靴だけを残し謎の消失を遂げるという共通した異様な光景を目の当たりにする。それから72時間経っても電気が一向に復旧せず、日照時間は激減。街が暗闇に覆われる中、ルークは非常用発電機で光を灯す一軒のバーに辿り着く。そこには外に出たまま戻ってこない母親を待つ少年ジェームス(ジェイコブ・ラティモア)がいた。ほどなくして、赤ん坊が家から消えたと言うローズマリーもこの店にやって来る。また店の外では、闇から現れた何かに襲われたというポールが頭から血を流し、怯えながらうずくまっていた。こうして集まった4人は、闇が襲い来る未曾有の恐怖と戦いながら事態の謎を解き明かそうともがき続けるが…。
"allcinema online"より抜粋)


 全人類が理解不能の怪異に襲われて滅んでいくといった物語は黒沢清の『回路』なんかを彷彿とさせる。闇に襲われる恐怖表現は確かにジャパニーズホラーの影響を受けているのではないかといった恐ろしさがある。大写しで無人の街を「闇」がうわっと襲うシーンや終盤の教会シーンの今まで意思を感じられなかった「闇」が急に意思をもったように叫び声をあげるところなどちょっとブルッとした。
 今回はそんな「闇」と「恐怖」について


 なぜ人は「死」が恐ろしいのかと考えたとき、ちょっと電波がかった話に聞こえるかもしれないが、自身内の「宇宙」がなくなるのが恐ろしいのではないかと。
 人の外に無限に広がる宇宙があるように、人の内にも無限なる「宇宙」がある。で、外の宇宙から見れば個人なんてゴミくず以下の存在でその存在は無に等しい。一方で内の「宇宙」は個人のものだから、その「個人」の存在がそのもの全てである。「死」というのは人がその「内なる宇宙」を喪失し、人でなくモノとなること、「無」になり外なる宇宙に飲み込まれることである。
 そして外なる宇宙は真っ暗闇だ。「闇」はその存在すべてを覆い見えなくする。闇に飲み込まれることは個の存在の危機と言えよう、

 本作で「闇」に飲み込まれようとするとき、皆が口を揃えて「私は存在する」というのは、そのような真っ暗闇の外の宇宙の中で「内なる宇宙」が精一杯自己主張しているからだろう。

 真っ暗闇の宇宙の中でも飲み込まれていないのが星の「光」だ。
 本作でも光を持っていれば飲み込まれなかったように、「光」(星)さえあれば「闇」(外なる宇宙)に飲み込まれないで自身を主張できる。
 だからこの映画の登場人物、もしくは全ての人は、闇(=死)を恐れ、光を好むのだと思う。


 ここまでのテーマに対する洞察や上記のようなジャパニーズホラー的な映像表現はとても楽しい映画でした。

 が、得体の知れない「闇の恐怖」を描くのであればもっと絶望的であって欲しかったと思う。それこそ『回路』のごとく生きる意思を喪失させたり気を狂わせたりするレベルで。
 例えば、あのような窮地におちいったら、誰かしら事件の真相を解明してやろうって登場人物がいるのが筋だし、観客だって原因が明かされないことはうすうす気がつきながらも論理的な結論を求めてはいる。
 しかし本作は誰も真相の追求をしないのである。なので観客の興味を持続させるエネルギーがちょっと弱いし、恐怖のテンションが平坦になってしまい、観客もその恐怖に慣れてしまう。

 ここは、例えば、この提案が面白いかどうかは別として、真相解明に尽くした結果、実は宇宙人の侵略だったとか、あの世にいた死者たちが溢れかえったとかそんな理由づけをとりあえずしたり、もしくは事件の解決方法をとりあえず提示して観客や登場人物を安心させる、しかしそんなちょこざいな理など嘲笑うかのように登場人物の全ての努力を無駄にする「闇」の恐怖がどーんと来る。とか、そういう展開があればどうしようもない「闇」の恐怖をもっと描けたのになって思います。
 まあその点に関して、すごく意味ありげに出てきた「非常用通路」がまるで意味がなかったというあの微かな望みも絶たれたというシーンにある程度表現されていましたが。


 あと良かった点としては映像がとても好き。本作のキービジュアルにもなっている無人の静かすぎる都市に静かに墜落する旅客機とか、最後の馬に乗る往年の西部劇みたいなショットとか、センスがいい。

 あとヘイデン・クリステンセンなのにルークなんだ、とか。
 と、思ったら、赤ん坊を失ったダンディ・ニュートン演ずるローズマリーは『ローズマリーの赤ちゃん』から来ているっぽいし、冒頭の映写技師ポールの「映画」に対するメタ的な視点といい、そういう映画パロディ的な遊びは意図的っぽいですね。


 以上、少しぐずぐずしてしまったところはありますが、少ない予算で人間の本来的な「闇」に対する恐怖を描くというチャレンジスピリットとか、きちんとホラーしているところとか、そういう点でなかなか好感もてる作品でもありました。
 まぁはっきりした分かりやすい映画ではないし、下手な部分もあって、あまり人気は出そうにありませんが、個人的には嫌いじゃありません。

 しょこたんレベル。

 次回は老人版『エクスペンダブルズ』になり得るか、『RED』の感想でございます。

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加藤晴彦、麻生久美子 他

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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/02/11(金) 18:59:12|
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『ロビン・フッド』は近代的英雄譚だよ。

ロビンフッド

 今週の『天装戦隊ゴセイジャー』はいよいよ大詰め、ロボゴーグやブレドRUNなどと最終決戦ラッシュ。ロボゴーグ閣下が王者の風格を見せて時と場所を指定して宣戦布告。30分ずっと戦っていまして、ゴセイナイトが早々に引退してしまいました…。嗚呼。
 でも2月末までやるんだよね、これ。来週ロボゴーグやっつけたりしたら、まだ後があるのか?
 ゴセイナイトも引退させるの早くないかしら。最終回間近で復活するパターンとか? それは楽しそうですね。

 『天装戦隊ゴセイジャーVSシンケンジャー エピック ON 銀幕』は楽しみですが、脚本は流石に小林靖子じゃないのね。『仮面ライダー×仮面ライダー オーズ&ダブル feat.スカル MOVIE大戦CORE』も小林靖子じゃないし、ていうか久しぶりに登場の井上敏樹だし。

 今回は『ロビン・フッド』の感想です。
 観に行った映画館はTOHOシネマズ六本木ヒルズ。公開間もない平日のいちばん混みそうな18時過ぎの回に行ったのですが、お客さんはわずかにしかいませんでした。他のハデめな年末の大作映画群の中ではちょこっと地味だからかしら。若い人よりも会社帰りの映画好きなサラリーマンみたいな方が多かったかな。


概要:『エイリアン』『ブレード・ランナー』『ブラック・レイン』『グラディエーター』のリドリー・スコット監督作品。脚本は『グリーン・ゾーン』などのブライアン・ヘルゲランドという人。
 12世紀末。イングランドの獅子心王リチャード1世(ダニー・ヒューストン)率いる十字軍遠征隊に参加していた弓の名手、ロビン・ロングストライド(ラッセル・クロウ)。フランス軍との戦闘でリチャード王が落命して間もなく、仲間と共に部隊を離れたロビンは、リチャード王の王冠を持ち帰る使命を帯びた騎士ロクスリーが闇討ちされる現場に遭遇する。瀕死のロクスリーから剣をノッティンガム領主である父ウォルター(マックス・フォン・シドー)に届けて欲しいと頼まれたロビンは、彼になりすましてイングランドへと帰還。やがて、王冠をリチャード王の母に返したロビンは、ロクスリーとの約束を果たすべくノッティンガムへ。そこで、義父ウォルターと共に夫の帰還を待ちわびていた美しい未亡人マリアン(ケイト・ブランシェット)と出会ったロビン。彼は、新王ジョン(オスカー・アイザック)の専横に脅威を抱くウォルターから、ある頼み事をされるのだったが…。
"allcinema online"より抜粋)


 『ロビン・フッド』という物語は、最近ではケビン・コスナー主演のやつやディズニーアニメが有名かしら、1922年のダグラス・フェアバンクス主演の作品も有名。枚挙にいとまがない事この上ないほど制作されていて、変わり種では、老後のぐだついたロビンとマリアンを描いた当時落ち目だったショーン・コネリーと当時落ち目だったオードリー・ヘプバーン主演の名作『ロビンとマリアン』(リチャード・レスター監督ですよ!)や、調べたらサンリオが作った『けろけろけろっぴのロビンフッド』なんてのもある。が、本作はそういう伝説のヒーロー化する以前の、ロビン・フッドを描いた感じ。言わばロビン・フッド英雄譚誕生までのエピソード・ゼロ。

 今作の面白い点の一つに「ヒーロー誕生」の物語を読み解くキーとして「その時代」を使用しているところだ。
 いつぞやも引用いたしましたが、石ノ森章太郎は「時代が求めるとき仮面ライダーは蘇る」とか言った。時代と個性が合致すればその者は「ヒーロー」になるし、あまりに合致しなければ下手すれば「悪者」となる。
 そこらへんを解説していきたいと思います。


 本作の舞台は近代化の芽が出始めた中世のイギリス。大衆が絶対君主制に疑問を抱きはじめ、「個」の尊重をとなえはじめる時代。
 本作のテーマも「個」の尊重であり、ロビンの「個」の動きが次第に渦巻き状に巨大な世界のうねりを作っていく。例えばいち兵卒だったロビンが王の死により軍を抜け出し、「自由」を求めて動き回ることで、彼の魅力的な「個」は、次第に他の「個」の意識を呼び覚まし、巨大な軍隊となる。最初に喧嘩相手のリトル・ジョン(ケヴィン・デュランド)と分かり合い、先王リチャードと分かり合い、最終的にはあのニヒリストでいい加減なジョン王すら動かす。映画脚本作りの基本として、主人公がアクションを起こして物語が展開していくべしと教科書に載っているけれど、そのお手本のような展開。ここら辺のテンポの良さはとても痛快で面白い。

 「英雄(ヒーロー)」とは得てして孤独な存在であるが、自分の過去もよく知らず帰るところすらないこのロビンフッドもまたとても孤独な存在である。『ルイーサ』のごとく「孤独」と「個」が結びつき強い魅力を放つロビンが、絶対君主制から民衆の権利を求める時代に合致したからこそ、彼はヒーロー成り得たのだろう。


 以上のように本作はヒーローの本質と誕生を「近代化」における「個の意識の発展」をキーワードにして描いている
 それ自体は面白いし、けっこうワクワクしながら映画を見ていましたが、何か足りない
 大きな不満があるのです。英雄譚に欠かせない悪役の扱いである。『バットマン』しかり『ゲゲゲの鬼太郎』しかりヒーローモノはむしろ悪役の扱いが重要である。
 で、本作の悪役はマーク・ストロング演じるゴドフリー。ヒーローモノの悪役は主人公の合わせ鏡的な存在である必要があるのに、どうも描写が薄っぺらい。「義」に生きる森のアウトローヒーロー的な従来のロビン・フッド像を崩した本作なのに、このゴドフリーさんはいつもの悪代官的な単純なワルモノになってしまっている。ここはロビン同様に人を引き付ける強烈な「個」を持ちながら時代にそぐわなかった人物を描いて欲しかった。


 他の不満点としては、妙に展開が雑だなーっておもうことが多くて、例えばいつの間にか恋愛関係になっているロビンとマリアンとか、義父が死んで悲しんでいると思えば、すぐ次のシーンでロビンとデレデレいちゃついているマリアンのシーンが来たり、村の皆がフランス軍に蹂躙されているシーンで、一人クック修道士( マーク・アディ)がコミカルに敵を蜂でやっつけていたり(そこは後のロビンたちが到着した後の反撃シーンの中で箸休め的に挿入すべきシーンだろうと思うのですが)、あとほとんど前フリなくいつの間にやらマリアンが盗賊になった森の子供たちを仲間にしていたり。
 もともと大味な気がある監督だったけれど、なんだか、歳をとって鈍感になっちゃったのかなぁ、リドリー・スコット。

 しかしながらそれでもリドリー・スコット、北欧の大自然の撮影や、アップとワイドをリズミカルに使い分けた戦争シーンなどビジュアル面でかなり見応えがある。特に冒頭の戦争シーンは圧巻、弓矢ってこんなに強力なモノなんですね。これだけで見る価値がある。
 あとエンドクレジットの油絵アニメで、おなじみ緑色の頭巾を被ったロビンフッドが出てくるのもなかなか洒落ていて良かったです。

 川村ゆきえレベル

 次回は『さよならジュピター』『ガンヘッド』に続く久々の東宝のこの手の特撮です、みんな大好き『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の感想でございます。

テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2010/12/16(木) 11:28:29|
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