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『何も変えてはならない』は「今」しかないよ。

何も変えてはならない

 あと数時間で『仮面ライダーオーズ/000』だよ!!タカ!トラ!バッタ!!タ・ト・バ♪タ・ト・バ♪タ・ト・バ♪

 そんなわけで『仮面ライダー000』に先駆け、音楽を扱った映画を特集するよ。今回は『何も変えてはならない』の感想。実は『シルビアのいる町で』を観に行く予定だったのが、残業が長引いて行けず、仕方なしに時間が丁度良かったので観に行きました。

 観に行った映画館はユーロスペース。割引の少ないこの映画館で珍しく1000円で見れる「映画サービスデイ」に観に行きましたが、時間も遅いし、作品もそんなに入るタイプの映画でもないので、そんなに混んでいませんでした。ほとんどが一人客。老若男女おりました、20~40代くらい。


概要:監督は『ヴァンダの部屋』『コロッサル・ユース』のペドロ・コスタ。
 『そして僕は恋をする』『恋ごころ』『ランジェ公爵夫人』など多くの映画で活躍するフランス人女優ジャンヌ・バリバールのミュージシャンとしての活動を5年かけて撮ったドキュメンタリー。



 今までで最もストーリー解説がラクな映画ですね。

 今作はなぜ「何も変えてはならない」のか?


 まず、この作品の映像の解説から。
 この作品は闇夜のように真っ暗な空間に、ストーリーはおろかカメラワークや編集によってすら作品を語ることもなく、まるで共感を拒むような「現実味のない現実」に、ただわずかに差し込む光と、いつまでも完成を見ない歌(練習風景やレコーディング風景のみで完成されたパフォーマンスはない)をもって綴られていく。
 「現実味のない現実」とはまごうことなき現実をフレームで区切ることにより、何か特別な意味を持った異空間へと変化させたものであり、それはまるで荒木経惟の写真を思いださせる。

 そのようにしてスクリーンに映された「現実」は寂しくもあるが、力強く、可愛く、美しい。それは作品内に入り込んで触れたくなる衝動を与える作品(例えば『アバター』など)とは逆に、何故だか触れてはならないような、触れて指紋などつけようものなら瞬時にそれが台無しになってしまうような「美」である。


 何故その「美」の表現が可能かというと、やはり本作が「ドキュメンタリー映画」であるからだ。「ドキュメンタリー」とはノンフィクションであり、それ故に絶対に繰り返せない「今」を切り取っている。
 今作に流れる全ての歌が未完成のままなのも、「今」を大切に扱う映画であるためである。なぜならその完成形としての商品化された歌(例えばCD)は反復可能で「今」だけのものとは言い難いからだ。レコーディングの風景すら、ミキシングする前の歌だけを入れるシーンと、そこに後から被せる音を演奏しているシーンとを別けて撮している。
 「今」は一度きりだからこそ美しいのであり、だからこの映画はドキュメンタリー故に美しいのである。


 「何も変えてはならない」とは、そのような「今」を加工してはならないというメッセージと読み取ったのだが、このゴダールの『映画史』の発言から引用したフレーズは以下のように続く。「何も変えてはならない、すべてが違ったものとなるために」
 「今」がその時限りのものであるように、万事は変化する運命にある。最も美しい「今」を映像作家の手で加工することは、最も美しい「次の今」を狂わせてしまう。
 だから映像作家はただひたすら美しい「今」を観察するだけなのである。


 本作を象徴するシーンにオッフェンバックの一節を徹底的にしつこく厳しくレッスンするシーンがある。一切の解釈の余地を許さないほど細かく厳しく教える鉄のハートを持つような声楽教師は声だけの出演でその姿は映されない。
 そのレッスンに対し、ジャンヌ・バリバールは、イライラしたり、おどけたり、反抗をみせたり、あきれたり、老婆のようにくたびれた顔をしたりと様々な「人・女性・歌手・女優」の顔を見せながら、やがてその厳しい教諭に忠実に完璧に歌いこなす。その姿はやはり美しい。
 声楽教師の鉄の態度に観客は『何も変えてはならない』という本作のタイトルを思い出す。
 「歌」をレッスンするバリバールの表情は、前回感想を書いた『キャタピラー』の寺島しのぶと同様の、はつらつとした生命感にあふれる顔である。バリバールは歌うことをインタビューで「最初に足を踏み出した興奮(話もできず、泳いだこともない頃の)を、物心がついたあともいつまでも辿り直している、そんな状態」と言っている。「歌うこと」が彼女の「はじまり」を繰り返しているために、歌っている彼女はその生命感をみなぎらせているのであるならば、やはり「何も変えてはならない」のであろう。「今」の生命だけがみなぎらせることができる「美」とその次に来る変化した「今」の「美」のために。


 以上、本作はかけがえのない「今」のありのままの美しさをジャンヌ・バリバールという人間と彼女の歌に集約して描いた作品だと思われる。抽象的な感想でごめんなさい。


 不満点というほどではありませんが、ワガママを言うのならば、このような作品はカラーで見せて欲しかった。人間の目は基本カラーである。モノクロ画像は目に映るものの生々しさ毒々しさを抜いてしまう。やはり真っ正面から現実を切り取るのであれば、この映画の場合、カラーの方が望ましい。もしカラーで撮った「今」が美しく切り取れていたならばより面白く刺激的な映画になっていただろう。


 まあこの手のは万人にオススメできる映画ではもちろんありませんが、一つの映画の形として見ておくのも経験としていいと思います。個人的にはいつまでも映画の中にひたっていたいような喜びを感じさせていただきました。ちょっと一回見ただけじゃ、理解しきれないところも多く、アレなんで、色々とコメントで感想書いていただけると幸いです。

 大後寿々花レベル。

 次回は話題作なのかな、原恵一監督の最新作『カラフル』の感想をば!!


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  1. 2010/09/05(日) 02:30:10|
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