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『侍戦隊シンケンジャー』とは結局なんだったのか その2

シンケンジャー3 そんなわけで『侍戦隊シンケンジャー』についての駄文のその2でございます。長くてすいません。
 今回は前回解説したこの作品が面白かった理由の一つとしてあげられる、「現代における『殿と家来』というSF設定における微妙な人間関係の移り変わりを丁寧に描くことに成功していること」についての例証編です。


 *基本的にかなりネタバレありで書いていますのでご注意。


・登場人物に関して
 『侍戦隊シンケンジャー』は主に、「殿」であるシンケンレッド志葉丈瑠、その「家来」であるブルー池波流ノ介、ピンク白石茉子、グリーン谷千明、イエロー花織ことは、お目付役の爺日下部彦馬そして途中参加のゴールド梅盛源太の7人を描いた物語である。彼らは話が展開するにつれ、侍として成長するとともに互いの関係性を築きあげていく。
 例えば、当初、現代における殿と家来といったSF要素を受け入れられなかった、視聴者の視点を持つキャラクターである谷千明(シンケングリーン)の視点で物語を見ていくと解りやすいかもしれない。
 番組初期で、典型的な現代っ子である彼は時代錯誤な「侍」に自分がなることを受け入れられないでいた。そこで彼はことあるごとにお目付役の爺である日下部彦馬や、丈瑠(殿)の忠実で熱心な家来であるシンケンブルー池波流ノ介と対立してきた。また、侍ではない一般人的な視点を持って一歩引いた目でいる白石茉子(シンケンピンク)は、ここでは浮いた存在になってしまっている千明の気持ちを理解してか、「姐さん」と呼ばれ慕われていた。
 第三幕『腕退治腕比』では稽古もサボりがちで、他のシンケンジャーたちに比べ実力も一段劣っている彼をメインに話が描かれている。他のメンバーに対し劣等感を抱く彼は、「侍」をとたんにバカバカしく思い、それに目を背け志葉家から逃げ出す。しかし彼は自分のミスで、侍とは全く無関係の友人を巻き込んでしまったことを悔い、また丈瑠の殿としての覚悟を目の当たりにして、丈瑠を越えるために丈瑠に従うという、憧れともライバル心ともとれる、彼なりの武士道を見いだし、シンケンジャーへと復帰する。この劣等感から目を背けていた心理描写は、後に第六幕『悪口王』の際に花織ことは(シンケンイエロー)の、どんなに劣等感を刺激されても、それを否定しない姿に必要以上に苛立ちを覚えている描写への布石にもなっている。しかしながら自分と似た劣等感を持ち自分より実力が劣る彼女が、その劣等感を受け入れさらに成長する糧としている姿に、素直に尊敬に近い感情を抱くようになる。
 また、第十幕『天空大合体』では、喧嘩ばかりしていた爺の皆に対する愛を確認し、第十八幕『侍襲名』では侍でない殿の友人としての一般人である梅盛源太のシンケンジャー入りに人一倍喜んだりしている。また第三十七幕『接着大作戦』では、いつもいがみあっていた流ノ介と互いの能力を認め合い協力して敵を撃破している。
 これらの「侍としての成長」及び「関係性の積み重ね」の描写は谷千明だけではなく、他のキャラクターに関してももちろんある。これらの描写が地味ながらジワジワ面白さを盛り上げていき、終盤の展開の総決算へと集結していくわけですが、それは後述。
素顔の戦士ショー ←番組開始当初は「美男美女ばかりでパンチ(軍平成分)がない!」と嘆いてました。



・悪役(「外道衆」)に関して
 今作における悪役「外道衆」は歴代スーパー戦隊の悪の組織に比べヒエラルキーがさほど明確ではない。口調も敬語を使うことなどなく、皆好き勝手に欲望の赴くまま行動するし、いざとなったら簡単に裏切る。永遠の命を持つと思われる彼らは、階級と戒律によって縛られ、限りある命のなか世代交代という形でその使命を持続させていくシンケンジャーたちとは正反対に位置する存在である。前項で説明したようにシンケンジャーは人と人との関係性を紡ぎ発展させていくことで侍として成長し強くなっていくが、外道衆は家族や恋人との関係を断ち切って外道に堕ちた不破十臓や薄皮太夫、その薄皮太夫に密かな恋心を抱きつつも彼女を喰らうことでパワーアップした大将血祭ドウコクなどそれぞれの関係を断ち切ることで強くなっていくように見える。
 さらに死ぬに死ねない身体と現世へのどうしようもない未練を持つ彼らはどこか死に場所を求めているようにすら見える。まるで『七人の侍』に登場する死に場所をなくしそれを求めつつも生きることへ執着しつづける落ち武者や、維新後の旧佐幕派のようである。
 このように「外道衆」は、スーパー戦隊における時代劇の敵的な要素を持った悪役であり、関係性を紡ぐことで強くなっていくシンケンジャーの対となる、関係性を崩壊させながら孤独に強くなっていく存在なのではないかと考えられる。

 以前の『ラブリーボーン』の感想のようだけど、彼らに「死」を与えることは、一方で「救い」となっている。彼らの「呪い」や「救済」に関しては作中でもう少し深く描く余地があったのではと思えるけれど、そこまで描けていなかったのがこの作品の残念な点の一つ。例えば「生き続ける」ことに関する執着が「呪い」であり結局最後まで孤独に生き残った「骨のシタリ」についてとか、もっと深く描いて欲しかった。ちなみに「子供番組じゃん」はこのブログの感想コーナーでは禁句です。
シタリ ←骨のシタリはお気に入りキャラです。もっと描いて欲しかった…


・終盤の展開に関して
 『侍戦隊シンケンジャー』に関して語るとき、終盤の衝撃的な展開を語らないわけにはいかないでしょうか?
 その展開とは、第四十四幕『志葉家十八代目当主』より語られた、「殿」と呼ばれ続けた志葉丈瑠は実は外道衆の目を欺くための影武者だったというエピソード。
 その設定は取ってつけたような設定ではなく、割と初期より何気なしに伏線を貼られていた。例えば第六幕『悪口王』で、最も言われたくないことを言いあてる外道衆「ズボシメシ」が丈瑠に対して言った「大嘘つき」という悪口。丈瑠が、志葉家当主なら皆使えるはずの封印の文字力を使えなかったこと。不破十臓が丈瑠に感じていた「いびつさ」。先代シンケンレッドと丈瑠の父親の死に様が食い違っている点、丈瑠が小さな名も無き墓に何とも言えぬ感情を巡らすシーン。ちょっと気になるけれど、まぁそこまで気にするほどではない、解釈次第ではそこまで不自然でもないようなこういった細かいエピソードが、最終回間際で生きてくる。
 伏線というのはこれ見よがしに「伏線ですよ~皆さん覚えていてくださいね~終盤で重要なキーになりますよ~」とギャグの前フリみたいに主張するものではなく、このようにそっと配置してくれる方がクールですね。
 仲間たちは彼が偽物の殿であるということを知らずに命を張って丈瑠を守ってきた。丈瑠は彼らとの関係性を深めれば深めるほど、一方で「侍」として彼らを裏切ることになっていたのである。この作品ならではの設定と醍醐味を活かしたジレンマ。
 真の志葉家十八代目当主である志葉薫の登場により、丈瑠は志葉家を去る。幼少より殿として振る舞ってきた彼はその役を解かれたとき「びっくりするほど何もないな…」とつぶやく。彼に残されたのは剣の実力のみ。戦いを求め続けることで外道に堕ちた不破十臓と戦いつづけることで、アイデンティティを見いだそうとする。
 ここでこの番組がずっと積み重ねてきたものが大きく活かされる。その名もズバリ第四十七幕『絆』にてのエピソード。十臓との戦いに明け暮れ、まさに外道に堕ちようとしている丈瑠を食い止めたのは、戦いの場に駆けつけた、茉子、千明、ことは、源太、そして侍としての「形」よりも侍としての「心」を選択した流ノ介たちが丈瑠との間で一年間深めてきた「絆=関係性」であった。
姫 ←真の当主は実はカワイコちゃんだった!!



 以上、3つ例をあげましたが、『侍戦隊シンケンジャー』は、このように現代における『殿と家来』というSF設定において、微妙な人間関係の移り変わりを丁寧に描くことに成功しているといえるのではないかと。そこが面白さの秘訣ではないかと。
 まぁ、特殊な環境下における友情関係を描いたことはとりわけ珍しいことではないのですが、そういう普遍性のあるドラマがこうしっかり描けているものが今の日本の映画やテレビドラマ、テレビアニメなんかでどれだけあるかって言われるとちょっと答えにくいわけで、そういう点でこの作品は、とても面白かったと思うのです。

 もちろん問題点もたくさんあります。例えばロボット戦があんまり面白くないことが多いとか、外道衆たちはせっかくいい要素を持っているのに描写が足りないんじゃないかとか、いくらなんでも夏の劇場版は短すぎだろとか、中盤筋殻アクマロが出たあたりちょっと中だるみしてない?とか、エピソードごとの関連性が薄いのもちょっとさみしい。でもそういうの置いといてもまぁ楽しめた一年でした。『仮面ライダーディケイド』のシンケンジャー編とかも個人的にはかなり楽しめました。『仮面ライダー』風の演出で戦隊やるとこうなるんだーって新鮮。

 どうも続編『帰ってきた侍戦隊シンケンジャー』なるVシネマが出るそうだし、そうしたらGロッソのシンケンジャーショーの感想など含めてまた特集したいと思います。

 で、しばらくこれ書いていたために映画感想がたまっています。次回はクリント・イーストウッド兄貴の新作『インビクタス -負けざる者たち-』の感想を書きたいと思います。
ことは Gロッソでことはに会いにいってきます(自慢)
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テーマ:侍戦隊シンケンジャー - ジャンル:テレビ・ラジオ

  1. 2010/02/23(火) 00:00:03|
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