かろうじてインターネット

「少年ジャンプ」と水木しげると映画とおもちゃと特撮を愛します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『涼宮ハルヒの消失』は観客参加型アニメ映画だよ

ハルヒ いつも長い長いと言っていますが、今回、非常に長いです。なのでマクラの文は今回は無しで、いきなり本題に入りたいと思いますね。『涼宮ハルヒの消失』の感想です。

 このブログでは地味に初めてのアニメ作品なんですね。『涼宮ハルヒ』シリーズ、前のテレビシリーズは06年に流行った時に一回見たっきりだし、最近のシリーズは見てなかったし、あまつさえ原作小説も読んでません。そんなわけで『ハルヒ』ファンとは言えません。あ、でも可動フィギュアは持ってます。あと第二期の最初の話『笹の葉ラプソディ』が本編に重要と聞いて急いで観ました。そんなライト層だからファンの方とはちょっと感想が違う可能性もあります。多分違います。

 で、『ハルヒ』の感想書くの、何がめんどくさいかって、『ハルヒ』の事をちょっと理屈っぽく考えると、『萌え』とは?『オタク』とは?『アニメ』とは?みたいな問題へと繋がっていく傾向があります。でもそんなこと、それこそテレビシリーズが流行った頃から語り尽くされているだろうし、でもそういう問題に興味なしに『ハルヒ』を楽しんでいるファンには、そういう解説はきちんとしないと意味不明な感想になるだろうし。で、ただでさえ『ハルヒ』のファンとは言い難い僕には、そこんとこうまく解決するさじ加減とかわからないし。でも『ハルヒ』の感想書くからには理屈遊びが好きな僕としては、そういうの書いてみたいし。まぁそんなわけで、ちょっと語り尽くされているような理屈っぽい解説も含めて書いていきますので、そこらへん、めんどくさかったらごめんなさい。


 観に行った映画館は新宿バルト9。平日の木曜の真っ昼間にかかわらず満席でした。チケットカウンターで当日の上映直前にチケット買おうとしても難しい? ネット予約って便利ですね。客層は10代後半~30代くらいの男女。男性が多めでした。



ストーリー:県立北高校にある部活「SOS団」はちょっと変わった女子高生涼宮ハルヒ(平野綾)が、暇つぶしのために立ち上げた、「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」の略称である。しかしながら彼女は彼女自身は気がついてないものの宇宙人、未来人、超能力者たちに超重要人物としてマークされていた。そのため偶然集ったように見せている団員たちも実はそれぞれの機関から派遣された者たちで、長門有希(茅島実里)は宇宙人、朝比奈みくる(後藤邑子)は未来人、古泉一樹(小野大輔)は超能力者である。その中で唯一平凡な「団員その1」であるキョン(杉田智和)はいつものように団長である涼宮ハルヒ(平野綾)の思いつきによるワガママに振り回される学園生活をおくっていた。12月18日いつものようにキョンが登校すると、いつもと少し雰囲気が違う。昨日まで元気で薄着ではしゃいでいた友人の谷口(白石稔)が何日も前から風邪をひいていたというし、何よりハルヒの存在を皆が忘れている。そしていつもキョンの後ろの席だったハルヒの席には、代わりに、かってキョンを殺害しようとして長門によって消滅されたはずの、実は宇宙人のクラスメイト朝倉涼子(桑谷夏子)の席になっていた。なんらかの理由でタイムパラドックスが生じ、パラレルワールドに迷い込んだと気づいたキョンは、とりあえずSOS団の部室に行くが、そこにいたのは、文芸部員で、大人しいけれどもやたらと人間くさく変わりはてた、長門の姿だった。変わり果てた彼女と親交を深めつつ、なんとか元の世界に戻ろうと努力するキョンは、やがて変化する前の長門が残したと思われる「2日以内に鍵を集めろ」というメッセージを手に入れる。さらにハルヒがまったく違う学校に通っているという情報を聞き出し、彼女に会いにいくキョンだが…。




 結論から言ってしまうと、映画としてはまぁ及第点程度かなって。あぁファンの人怒らないで…。ただ現代のアニメ文化を反映する作品として見るとけっこう考えさせられたりする。『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督は「“萌え”があったら、その先はどうなるのか?まで考えなければならない」とか言っていた。つまり「萌え」だけの作品の生産性のなさを危惧している。今作はその問題にちょっと関連しているのかなって思うのですが、今回はそんな論旨。

 「萌え」の定義も定まらぬなか『ハルヒ』を「萌え」アニメと決めつけるのは問題があるけれども、実際この作品は「萌え」を主題においているし、世間的にも「萌え」アニメと認知されている作品でもあります。
 ここでちょっと「萌え」の説明をしたいのだけど、まぁ長くなるので、簡単に「異物感があるものがふと見せる人間味に安心したり愛おしく思ったりすること」くらいの感じではないかと、そう解釈しております。

 ちょっと話が飛んで、岡田斗司夫はオタクの定義について「オタクを定義するヤツがオタク」と言っていた。これはちょっとおもしろおかしく言っているけれど、つまりオタクは自己反芻を繰り返す生き物なのであって、作品を見ている自分を見つめ自分自身を取り込んだメタ的な次元で新たな創作をし、その作品をまた見る自分自身を取り込んでまた高次的な段階で新たな創作をしていく、そういった観客を取り込んだセルフパロディのごとき創作の連続がオタクの歴史なのである、と。『機動戦士ガンダム』や『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』、『新世紀エヴァンゲリオン』、『機動戦艦ナデシコ』みたいにその当時のオタクを自己反芻的に描写したアニメ作品が異常に多いのも、そういった理由なのではないかと。
 で、00年代を代表するアニメ『涼宮ハルヒ』シリーズもまた、それらの作品の系譜に属する、自己反芻型メタ的アニメの、00年代に成熟した「萌え」文化を武器としたアニメなのではないかと。特にこの劇場版『涼宮ハルヒの消失』はその傾向が非常に強いなって。その例として劇中キョンが迷い込むパラレル世界。
 どういう点で「『消失』で描かれるパラレル世界」はその傾向が強いのかというと、物語の視聴者を含める『涼宮ハルヒ』シリーズをとりまく様々な環境や『ハルヒ』シリーズ自体すら包括してメタ的な次元での物語を語ろうとしているのだ。

 詳しく言うと『消失』のパラレル世界の持つ「疑似二次創作的側面」。従来の『ハルヒ』シリーズは非日常的なものを否定するキョンが、非日常を求めるハルヒを取り巻く非日常的な日常を描く物語であるが、この『消失』にて描かれるキョンが迷い込むパラレル世界は、いつもの『ハルヒ』シリーズと逆の、「日常的に見える非日常」である。SOS団のメンバーの変化をみていくと、無表情で無機質、クールで何よりもまず任務を優先するクールなアンドロイドである長門は、この世界では、いつも小動物のように怯えている感情表現が苦手な気弱で可愛らしい少女になっている。また、いつも笑顔を絶やさず常に冷静に全体を見渡し決して本心を見せない食えない超能力者である古泉は、『消失』の世界では、密かな恋に悩む素直な男子高校生になっている。ファンの間で作られる漫画同人誌などの二次創作でもこれに似たパラレル世界を舞台にこういった異能者たちの日常を描くことが非常に多い。すなわち『消失』の日常的な世界は『ハルヒ』シリーズの二次創作的な世界を意図的に表現しているんじゃないかと推測される。
 またもう一つ重要な点で、こういった「異能者たちの日常」がファンたちの手で二次創作で描かれる時、それは得てして、先述した「異物感があるものがふと見せる人間味に安心したり愛おしく思ったりすること」つまり「萌え」を描いていることが多いということである。なのでやたら人間くさい長門や小泉が登場する疑似二次創作的な『消失』の世界は「萌え」の世界と言える。
 
 こういった点で『消失』で描かれるパラレル世界は、『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズやそれを取り巻く環境すら包括した次元で描かれていると言える。そういった意味で『消失』は自己反芻型メタ的アニメの傾向が強い作品である。それはキョンが望んだ世界であり、物語の終盤に判明することだが「ある人物」が無意識に望んだ世界であり、ファンが望んだ世界でもある。

 『消失』のパラレル世界は日常性が支配する世界である一方であくまで「萌え」主体の世界なので、リアリティよりも「萌え」を優先する。そんな中で『消失』世界での人間くさくなった長門の描き方のこだわりが凄まじい。基本的にしゃべらない、動かない、感情を表に出さないあのキャラをセリフなどほとんどなしで、その微妙な感情をあそこまで表現するのは、劣化版綾波レイの汚名返上です。単なる絵をここまで可愛く描き動かせる事が出来るのかってくらい、本当に可愛い。今までの鋼鉄のハートを持つ長門を知れば知るほど可愛いく思えてくる。あ、これが「萌え」。この長門の描写を成功させた事でこの映画の欲求は8割は達成されたんじゃないかと。

 で、この感想のキモなんだけれど、キョンは色々すったもんだがあって最終的にそういった疑似二次創作的世界を創り出した「ある人物」にたどりつくんだけれど、その人物がその世界を創り出したその理由が、また「異物感があるものがふと見せる人間味」であり、その「萌え」っぷりったらものすごくって、キョンと我々観客の中にある強い感情が芽生える。そしてタイムパラドックスの発生を食い止め、疑似二次創作的な世界が消失した時、従来のハルヒの世界でも疑似二次創作的世界でもない、新たなそのより強い「感情」によって今までの世界を包括する世界が誕生する。くわしいことはネタバレになるから伏せておきますが、その感情とは「絆」なんじゃないかと。つまりより強大な「絆」が結局映画や『ハルヒ』シリーズ、またはその周囲の環境などの全てを包括してしまう。
 その「絆」とは、SOS団としての活動も8ヶ月経ち、それぞれのメンバーに芽生えた友情みたいな恋愛感情みたいな「絆」、それだけではない、それだけでは普通なんだろうけれど、『涼宮ハルヒ』シリーズを何年も見続けた観客が感じる、この作品を「一緒に盛りあげてきた」みたいな、キャラクターや製作陣たちに対する、もしくはファン同士にも感じる結束感みたいな「絆」、ファンが望んだ「疑似二次創作的世界」を超える世界を感性させるためには、「ある人物」に対する観客たちの「萌え」の感情の高まりがこの物語の完結に不可欠になるが、そこで重要なのがシリーズを盛り上げてきたファンたちの作品に対する強力な親近感、それはもはや友情や恋愛観に近いかもしれないけれど、そういう「萌え」とか「批判」とか「二次創作」とか色んな要素を包括した「絆」なんじゃないかと。

 論が複雑化しちゃったんでちょっとまとめると、まず『涼宮ハルヒ』シリーズなる小説ないしアニメ作品があって、これは『エヴァンゲリオン』以降のアニメファンが自己反芻し、そんな自己を包括する形で作りあげられた作品であった。でもってその劇場版『涼宮ハルヒの消失』で描かれるパラレル世界では、他の『涼宮ハルヒ』シリーズやそれらのファンを包括するような「萌え」の概念が支配する世界であり、さらなるメタ的次元が描かれている。でもって、本作の事実上の主人公であるキョンは、さらにその『消失』のパラレル世界すら包括するようなある感情が支配する新たな次元の世界へ物語の終盤にたどり着く。それはSOS団メンバーがそれぞれに今まで培ってきたと同時に、今まで『涼宮ハルヒ』シリーズを盛り上げてきたファンが作品に対して感じている「絆」の世界であった。
 SOS団では唯一の一般人であり、常に受け手側(視聴者、読者、観客側)の視点であったキョンが、物語のエンディングにてある選択から「観客の代表」といった立ち位置から、異能者の仲間入りをはたしていくところが、「受け手側」(=「『消失』のパラレル世界」)が次第に「絆」の世界に帰納されていく様子を象徴しているように見える。

 なんだか話題がだんだん地に足がついてない感じになってきたので、ここらへんでおしまいにしたいのですが、先述した富野監督の言う「萌えの先」に関して、この映画はキャラクター同士の「絆」もさることながら、作品とファンたちとの「絆」という点をも描いているんじゃないかなと思うんです。言ってみれば視聴者参加型番組みたいな。だから映画としては及第点程度でも、シリーズをとりあえず見てきたライト層の僕でもちょっと「おおっ」ってなってしまう。こういう作品に対する「絆」みたいな感情って『エヴァンゲリオン Air/まごころを君に』なんかにも感じたなって。残念なのは『まごころを君に』ほどのカタルシス的展開がなかった事なんだけれど、それはまぁ片やロボットアニメ、片や学園ラブコメみたいな要素が強いから仕方ないのかな。
 あと、不満点としてやたらと丁寧に動くモブキャラ(背景にいる人々)が全員がみんな美形なのがリアリティなくって気持ち悪く、けっこう不満。あと、キョンが朝倉さんを排除しようとしてクラスの他の生徒に異物扱いされるシーンで、クラスメイトが優しすぎるところとか。あそこはもっとキョンを迫害しなくちゃ異能者の孤独感をキョンが感じられないんじゃないかなって、そこでキョンが感じた孤独が異能者たちへの共感になって、ラストの展開へと繋がっていくわけで。
 それに長門がキョンに提示した「鍵」がSOS団のメンバーを集めることだった理由が明らかにされていない問題とか、古泉が案じていた、タイムパラドックスによる平行時間の発生を食い止められた場合、その平行時間軸に存在する人々の存在はどうなっちゃうの?みたいな問題の解決があまり上手くされていなかったり。(というか誰か分かる人がいたらおしえてください)

 まぁそんな文句とかもありますが、今の日本のアニメを取り巻く若者文化を非常に的確に表現しているという点で、あと長門がとにかく可愛く描けている点をはじめアニメ表現がすばらしいという点で、それだけで観る価値がある映画なんではないかと。最近のアニメ技術だと、女の子はこんなに可愛いく表現できるんですよって。でも、まぁ観るからには、それまでの『涼宮ハルヒ』シリーズで、ハルヒ、キョン、みくる、長門、古泉のメイン5人がどんなキャラクターでどんな関係性なのか、それと本作と密室に関連している『笹の葉ラプソディ』ってエピソードを予習しておくのは必須。分かんないと盛り上がらないどころか、内容についていけない。そんなわけで評価が難しいなー、綾瀬はるかレベルくらいかなー。

 予想以上に長くなってしまった。そんなにこのシリーズを知らないっていうビビリもあって、すげー時間がかかった。
 そんな感じですが、次回は短くまとめられそうな気がします!!今回とうってかわって知らない人も多いであろう映画『きょーれつ! もーれつ!! 古代少女ドグちゃんまつり! スペシャル・ムービー・エディション』についての感想を書きます。

Figma 涼宮ハルヒの憂鬱 長門有希 制服ver.Figma 涼宮ハルヒの憂鬱 長門有希 制服ver.
(2008/02/14)
Max Factory

商品詳細を見る


 分かりづらかったんで、ちょっと書き直しました。
 えーと、何言いたいんだろ、この人。
スポンサーサイト

テーマ:涼宮ハルヒの消失 - ジャンル:映画

  1. 2010/03/05(金) 01:55:51|
  2. 映画サ行
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0
<<『きょーれつ! もーれつ!! 古代少女ドグちゃんまつり! スペシャル・ムービー・エディション』はだからタイトルが長いって… | ホーム | 「週刊少年ジャンプ」2010年13号の一言感想>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://karoujite.blog104.fc2.com/tb.php/23-c8adab96
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ (第1巻) 限定版 [DVD] |平野綾

涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ (第1巻) 限定版 [DVD]出演:角川エ...
  1. 2010/03/08(月) 19:20:51 |
  2. 得アマゾン探検隊

FC2カウンター

プロフィール

かろうじてアメリゴ・ベスプッチ

Author:かろうじてアメリゴ・ベスプッチ
 映画のこととか長々と書くブログです。
 たまに映画以外のことも書くよ。
 コメントくれたら嬉しいです。
 更新あんまりできないけれど。
 あと現代人なのでtwitterを始めました。
 chikiuso2800って名前。
 ご意見、ご感想、取り上げてほしい映画のリクエストなどございましたら、コメント欄か上記twitterIDにてお知らせください。

 なお映画の感想コーナーの最後で、実に分かりやすく画期的な映画の評価方法として、その映画のレベルに見合ったアイドルの名前を書いております。

Twitter on FC2

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

映画ア行 (36)
映画カ行 (51)
映画サ行 (35)
映画タ行 (28)
映画ナ行 (8)
映画ハ行 (40)
映画マ行 (17)
映画ヤ行 (4)
映画ラ行 (14)
映画ワ行 (1)
2010年度映画ランキング (3)
少年ジャンプ (47)
特集 (3)
謝罪 (2)
未分類 (0)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。