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『劇場版 マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~』は素晴らしき八百長だよ。

マクロスF

 映画館に人が入っていなくて危機的状況らしいです。
 こんな時ですが、こんな時こそ映画を見て気分転換するのもいいと思います。

 今回は、『マクロス』シリーズ最新作『マクロスF』の劇場版の後編である『劇場版 マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~』の感想。

 観に行った映画館は新宿バルト9。そこそこ混み合っていました。客層はほとんど若者。いってても40代くらいの感じでした。


概要:人気SFアニメ『マクロス』シリーズの劇場版2部作完結編。監督・脚本・原作・一部のメカニックデザインは『超時空要塞マクロス』の頃より演出・メカニックデザインを務める河森正治。脚本はTVシリーズもメインライターを務めていた吉野弘幸、音楽は管野よう子。
 西暦2059年、移民船団“マクロス・フロンティア”は、新天地を求めて銀河を航海していた。未知なる重機甲生命体“バジュラ”から襲撃を受けるが、S.M.Sの命懸けの死闘や、シェリル・ノーム(声:遠藤綾)とランカ・リー(声:中島愛)という2人の歌姫の活躍で交戦は終わりを迎えた。それから数カ月後、ランカはスターへの道をかけ上がっていた。一方、シェリルは死を予感しながら、それでも高みを目指していた。パイロット志望の少年・早乙女アルト(声:中村悠一)は、マクロス・フロンティアで暮らしている。アルトは、ランカたちと出会う。しかし、彼女たちの歌声には、バジュラにまつわる謎が秘められていた。その謎を狙う者たちが、マクロス・フロンティアに襲いかかる。
"goo映画"より抜粋)


 先に言い訳をしておきますと、以前当ブログで『劇場版 機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-』を扱ったとき『ガンダム』はあまり詳しくはないと書きましたが、それ以上に『マクロス』シリーズはほとんど見ていません。
 見たものと言えば、こちらのテレビ版『マクロスF』とその劇場版の前作にあたる『イツワリノウタヒメ』、あと初代の劇場版『超時空要塞マクロス 愛・覚えていますか』しか見ていません。あとは『7』をちらほら見ていたのと、『スーパーロボット大戦』での活躍くらい。

 そんなわけで例によって色々生意気なこと書きますが、間違ったこと書いていたらごめんなさい。


 「オタク」という言葉の発信源とも言われる『マクロス』シリーズは、80年代のオタク文化の中枢にあった「SFロボットアニメ」「ラブコメ」「アイドル」というジャンルを総まとめして作られており、そもそもがそこまで非オタク的な人々をターゲットにはしていなかった。
 で、現代。何度目かのアイドルブームであり国民総オタク時代となりつつある時代において、『マクロス』が受け入れられる土壌というのは、少なくとも『映画ドラえもん 新・ のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~』よりしっかりしていると思う。
 それどころか今やネットやらなんやらの浸透で国民総クリエイター時代、そこにおいて『マクロス』シリーズの総決算たる『マクロスF』という作品ないしその劇場版の完結編である本作『サヨナラノツバサ』の持つテーマ性「表現するということの素晴らしさ」はかなり「時代」に即した作品であると思う。
 で、そこには「演技」という本作を語るうえで重要な要素が深く関わっている。今回はそこを解説。


 "アニメ"という文化を楽しむことに後ろめたさを感じたことのある人は少なくないはずだ。ただでさえ現実の真似事である映画という文化があり、そしてそれ以上に現実をディフォルメした表現であるアニメーションは、「アニメ=子供かオタクが見るもの」という偏見に凝り固まった既成概念が拍車をかけることで、やはりそれに感動することに後ろめたさがつきまとう。しかし我々は『カラフル』がそうであったように、時に現実世界の出来事や実写作品以上にアニメーションに感動するのだが、本作『サヨナラノツバサ』はアニメ表現のそのような後ろめたさを逆手にとり、アニメーションでしか出来ないような表現にて、表現の素晴らしさをうたう。


 で、まず『マクロス』シリーズの成り立ちとオタク文化の関係について振り返ってみたい。

 『涼宮ハルヒの消失』の感想でも解説したように、"オタク"とは受け手と作り手がかなり近い位置にいて、いつ受け手が作り手になってもおかしくはないような関係がよくある。受け手として鑑賞していた既存の「型」を受け継ぎ、それを自己流にアレンジして新たな形を作ることで作り手となる。その「受け手の作り手化」の連鎖はやがて多くの受け手を巻き込み、作り手と受け手が渾然一体となり一つの作品を一緒に作り上げる(もしくはそう錯覚させる)。それが『涼宮ハルヒの消失』で描かれた二次創作同人誌的なクリエイター文化である。
 で、『超時空要塞マクロス』は、『スター・ウォーズ』、『2001年宇宙の旅』、『ガンダム』、『イデオン』、『宇宙戦艦ヤマト』、『ゲッターロボ』、『うる星やつら』、『タッチ』、『スーパー戦隊』、東宝特撮、SFブーム、アイドルブーム…などなど様々なオタク文化に影響を受けて育った、後に「オタク」と呼ばれる若い受け手が、自分たちの見たいアニメを作ろうとクリエイターと渾然一体となって作り上げたアニメ作品としては"走り"のような存在であった。
 で、いま見てもその作品が持つ初期衝動のエネルギー、若さ、作品を表現し、伝えることの楽しさ、素晴らしさが作品からとても伝わる。(ちなみにそこには河森正治をはじめ、後に『新世紀エヴァンゲリオン』『ふしぎの海のナディア』などのGAINAXを作る庵野秀明や貞本義行、前田真宏、「板野サーカス」で名を馳せる板野一郎、脚本家の大野木寛など、現在のアニメ界を作り出したそうそうたるメンバーが参加し、作り手として受け手に大いに影響を与えた)


 そんな「表現する」「何かを伝える」という楽しさにあふれた作品であった『超時空要塞マクロス』だが、河森監督がその総決算として作りあげた『マクロスF』もまた表現の素晴らしさを歌い上げ、その完結編たる本作『サヨナラノツバサ』はなおのことである。そしてそれは先述した「国民総オタク時代」であり国民がみな表現している「総クリエイター時代」である現代の後押しもあり、派手で優雅で勇ましく「アガる」素晴らしい映像となっている。


 本作で重要な要素となっているのが先述のとおり「演じるという表現法」
 主人公のひとりアルトはかつて天才子役と謳われた女形の歌舞伎役者であり、しかしその自分は本当の自分ではないという理由からその世界より逃げ出してしまう。
 そしてめぐりめぐって「空を舞いたい」という理由もあって私設軍隊SMSのパイロットとなる。しかしながらそこにおいてすらその自分は本当の自分ではないと悩みそこからも逃げ出そうとする。
 彼が「大人」と思っていた彼の隊長オズマ・リー(声:小西克幸)はそのような彼を殴りつけ、自分だって弱っちい子供で、常に軍人として兄として恋人として演じている、世の中に演じていない人間などいない、という。
 そしてアルトは、クライマックスにて言葉の通じない宇宙怪獣ヴァジュラ相手にかつてのように舞う。自分の感情を演じて表現することで彼らとの理解を得ようとする。

 「演じる」ことで表現して何かを伝えるという行為は作品全体を通して描かれる。
 アイドル歌手として活躍するランカおよびシェリルも、もちろん"演じる"。演じることで銀河中を熱狂させ、演じることで銀河を救おうとするメッセージを送る。(こまかい説明は省きますが『マクロス』シリーズはアイドルが歌うことで銀河が救われるんです)

 ランカはそもそもは普通の女の子、銀河の命運を背負うという恐怖で気がふれてもおかしくないなかで、自分の運命をうけいれ精一杯アイドルとして笑顔をふりまく演技をする。
 シェリルは余命いくばくもない状態。歌えばいつその命が果てるともわからないなか、それを知りながら「生き残りたい」と歌い続ける。

 彼女達の決死のライブシーンは素晴らしく、複雑なSF設定はたまになんだかわからなくなっても、問答無用で"伝えたい何か"はきちんと観客に伝わる。(アイドルが歌って銀河が救われるというなにがなんだかのトンデモ設定も、理屈ではなく映像の迫力できちんと理解できる)
 ディズニー映画などとの比較において、日本語歌謡とミュージカルとアニメーションって不自然なものが多くてうまくいっている作品って数えるほどなかったと思うのだけれど、この作品のライブシーンの素晴らしさは、楽曲、歌詞、ストーリーとの融合性、編集などにおいて『プリンセスと魔法のキス』と同等かそれ以上に素晴らしかったと思います。

 このように3人の主人公はそれぞれが「演じる」ことで表現し、銀河を救おうとしたのだ。そして「演技」は時に素直で率直な表現よりも、人の心を、いやこの映画に習うならば人でないものすら、揺り動かすことがある。この映画の「演技による表現」にはそのパワーを感じた。


 そして冒頭の、アニメーションに対する「偽物」の後ろめたさの話に戻るのだが、アニメーションも現実世界をディフォルメした「演技」ではないだろうか。
 『アバター』で現実味のない世界が現実以上に美しく見えたように、現実では不感症気味の我々が映画では涙してしまうように、誇張された「演技」は現実よりも我々に感動を伝えることがある。
 例えば本作においても、アニメーション独特の声優の演技や、ちょっと気恥ずかしくなってしまうキャラクターデザインやライブ映像に最初はいくらか抵抗があった僕だが、いつの間にかクライマックスのライブシーンには手に汗握っていた。そこには『トスカーナの贋作』で「偽物」に本物かそれ以上の価値が与えられたことや、『カラフル』の実写作品より感が動かされたアニメ表現に通じるものがある。

 そもそも映画の存在意義とは"現実よりも感動する現実"みたいなものではなかったか。だから映画は現実よりも笑えるし泣けるし怖いしハラハラする。
 そこにおいて、現実社会を演じることでより明確に表現しようとするアニメーションは実に映画らしい表現方法であると思う。


 以上、『劇場版 マクロスF 恋離飛翼~サヨナラノツバサ~』「演技による表現」を追求し、その素晴らしさを描いたアニメーションらしい、もしくは映画らしい映画であり、国民総オタク時代、総クリエイター時代である今日にいて本作が表現の基本である「演技」の素晴らしさを描いていることは時代性に則していたと思う。


 最後に『マクロス』シリーズで重要な要素「三角関係」についても考えたい。
 ランカ、シェリル、そしてアルトの恋愛関係について、テレビシリーズではその結末が曖昧に誤魔化されてしまった感があるが、この映画版にてきちんとアルトはランカとシェリルどちらを選択するかを迫られる。
 基本的にテレビシリーズの焼き直しである本作はストーリーに大きな違いはあまりない。だからアルトがどちらも選べない感情であるのには変わらない。しかしながらアルトはそれでも一人の女性を選択をする。しかしその選択もやはり「演技」ではなかったのではないか。
 本作は主人公が3人とも幸福になったとは言いがたい結末をむかえる。どちらも愛しているが故の、痛み分けではないが、3人ともが痛みを共有しなければならない「演技の上での選択」。アルトの最後の選択には、そういった「演技」によって、その裏の意味(演技とは正反対の意味)を知らせるという、「演技」表現の可能性を感じた。


 テレビシリーズではあまり感動できなかったのですが、この劇場版前後編にはいたく感動いたしました。「映画なんだから派手にやっちゃえよ!」っていうお祭り騒ぎな感じとか、大画面で楽しむべき映画なんだと思います。

 Perfumeののっちレベル。

 次回はカンヌ映画祭パルムドールを受賞したタイ映画です『ブンミおじさんの森』の感想です。
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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/03/17(木) 16:28:28|
  2. 映画カ行
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:2
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コメント

のっち好き

菅野よう子の楽曲でずっとPerfumeが踊るだけっていう映像が欲しいなあ。
  1. 2011/03/27(日) 16:43:06 |
  2. URL |
  3. ふじき78 #rOBHfPzg
  4. [ 編集 ]

>ふじきさま
 中田ヤスタカ以外のPerfumeってどんなんだろ?
 テクノ以外も聴いてみたい所ではあります。
  1. 2011/03/29(火) 00:50:09 |
  2. URL |
  3. かろプッチ #-
  4. [ 編集 ]

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