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『ダンシング・チャップリン』はチャップリンのゾンビだよ。

ダンシングチャップリン

 今回は公開してから少し経ってしまいましたが周防正行監督の最新作『ダンシング・チャップリン』の感想です。
 観に行った映画館は銀座テアトルシネマ。実は公開してから2回も脚を運んだのに、2回とも完売、3回目にしてようやく座れました。まぁぼくが休日なのにギリギリに映画館についたのが悪いのですが…。客層は中年以上の女性が多め。バレエ、チャップリン、銀座とオバちゃんが好きな要素が詰まってますからね。


概要:2011年の日本映画、『Shall We ダンス?』『それでもボクはやってない』などの周防正行監督が、フランスの振付家ローラン・プティがチャップリンを題材に、ダンサー、ルイジ・ボニーノのために振り付けた作品『ダンシング・チャップリン』(『チャップリンと踊ろう』)を、映画のために再構成してフィルムに収めた異色のバレエ映画。監督の妻でもあり、2009年にバレリーナを引退した草刈民代もルイジ・ボニーの相手役として全7役をこなし、36年のバレエ人生の集大成ともいえる最後のダンスを披露。第一部は『アプローチ』として映画の製作過程、第二部では『バレエ』として周防監督が劇場映画向けに撮影した『チャップリンと踊ろう』を上映。


 本作はいくつもの要素で構成された映画である。
 映画製作過程を記録したドキュメンタリー映画であり、バレエ映画であり、チャップリンを描いた映画であり、周防正行監督が夫人である草刈民代のダンサーとしての引退を描いた作品でもある。
 要素が盛り沢山すぎて複雑化してしまっているのは本作の欠点かもしれない。しかし慎重に慎重を重ねるような作品作りをする周防正行監督のこと、この複雑さにも何か狙うところがあるのかもと勘ぐってしまう。

 他のアートもたいていそうではあるが、映画というのはナマモノであり時事性が強い。ぼくが『DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?』を気に入っているのも、時事性をしっかりと映し出しているからだ。

 で、本作も、その雑多にも見える様々な要素の数々は、残しておくべき「今」を記録しているという点で共通している。そういう点に留意して本作の「雑多な要素」を考えてみたい。


(1)先述のように本作は様々な側面において「今」を描写している。

 例えば本作の冒頭の会話は主演俳優ルイジ・ボニーノとの年齢についての話であるが、年齢を隠したがる彼はそのあとダンサーとしての寿命の短さについての意見などからも、老いていく自分を気にしている。
 そして『チャップリンと踊ろう』を映画化しようと意見を持ちかけてきたのも彼らしい。まだちゃんと踊れる「今」の内にきちんと記録化しておきたいという気持ちだそうだ。

 ところでバレエというのは舞台芸術、やはり基本ナマモノである。そこにある「今」は一度限りの特定的で普遍性のない「今」である。一方で映画は時事性の高いナマモノではあるもののもう少し記録性は高い
 そのため周防監督はむしろ舞台芸術としてのバレエの特定的な「今」を排除し、映画らしい普遍性のある「今=現代」をもって『チャップリンと踊ろう』を映画化しようとする。
 例えば「中継っぽくなるのを避けたい」として演出家ローラン・プティの反対を押し切ってスタジオを飛び出して草原で撮影したり、通常のバレエ鑑賞では見れない映画でしかない描写(手のアップ、真上からの超俯瞰ショット、2倍速の映像)を使用して、バレエ撮影を特定的なその場限りの「今」ではなく、もっと普遍的で抽象性の高い「今」にしている。

 また本作は、前半『アプローチ』はメイキング映像、後半『バレエ』はバレエ映画と、二部構成になっており、その間に5分のインターミッションを挟んでくっきり分けている変てこな構成になっている。
 わざわざ劇場公開までするメイキングというと、過酷な状況での撮影とか鬼監督と役者陣との確執とかそういうのを期待してしまうが、本作にあるのはむしろ日常化した淡々と描かれる撮影や練習風景である(*)
 この日常的なメイキングによってバレエ編だけでは時代性が弱すぎるところに刹那的な「今」をブレンドし、作品全体に2010年代の東京っぽさをバレエ編にも匂わせることになっている。

 以上のように『ダンシング・チャップリン』を構成するさまざまな要素――例えばメイキングの記録映画やバレエ映画としての側面は、特定的ではなく普遍的だが一方でかけがえのない刹那的な「今」でしかない「今」をしっかりと描いていると言える。

(*)例えば草刈民代を持ち上げるダンサーを容赦なく交代させたり、何度も何度も同じシーンを練習したり、舞台以外の場所で撮影することを提言した周防監督にプティが「そんなんなら僕は降りる」なんて言うシーンをもって、「過酷で厳しい撮影状況」とする意見もあるが、あんな努力や言い合いくらい映画撮影に無い方がおかしいわけで、あれはやはり"日常的"な撮影風景だと思う。


(2)続いてチャップリンをバレエにて描くことの意味を考えてみたい。
 チャーリー・チャップリンは今現在でも通用するその面白さの体力は凄まじいが、やはり"過去の人"であることに異論を挟む者も少ないだろう。
 80年代の映画すら古臭く感じてしまう人が多いなか、モノクロましてやサイレント映画などを観る若者はもはや特別な存在なのかもしれない。

 『チャップリンと踊ろう』は、自分の中に宿っているチャップリンが身体に現れた男の話に見える。
 チャップリンのダンサーとしての魅力を抽出し拡大したこの作品は、彼の動作があらわす、どの時代の人間も持っているはずの「本質的な人情の機微」(※)を表し、「過去のもの」となっていたチャップリンの持つ可笑しさ、優しさ、恐さ、悲しさを「今」の世に蘇らす。

 前半に登場するチャップリンの息子は「チャップリンの物真似ではなくそのキャラクターを使用し新しいものを作って欲しい」と言っていたが、このように、『チャップリンと踊ろう』は過去のものとなっていたチャップリンを現代の人間にも普遍的に存在するキャラクターとして蘇らせていると言える。

(※)本作の最後は全登場人物がチャップリンの扮装をし踊ったあと、チャップリンの扮装を解いた主人公がそれでもチャップリン的な歩き方で向こうに去っていく(それはチャップリン映画でオーソドックスな終わり方である)という描写で終わるが、これらの描写が人類はみな可笑しさ、優しさ、恐さ、悲しさを持つチャップリンであることを描いていると思う。


(3)ところで本作は夫婦の記録でもある。

 「今」は一度限りのことで『アプローチ』編で繰り返される日常的な稽古風景やちょっとした夫婦の会話はもうできない。
 そしてその刹那的で何気ない日常の積み重ねが一本の映画を組み立てている。『バレエ』編を見たあと、それを構成していた『アプローチ』編を反芻すると、そこで描かれていた日常がとてもかけがえのないものに思えてくる。

 草刈民代は本作に対して「私の最後のダンス、踊っている私はもういない」とコメントしているが、それまで日常的であった"ダンスと向き合う"という何気なくもかけがえのない日々のディテールが、時が経って記憶から消えていく前にドラマチックに残しておきたいという願望は、ダンスで知り合い結婚に至り、ダンスが映画と日常生活を構成していた周防監督の映像作家としての純粋な願望ではないだろうか。『Shall we ダンス?』ではないが、『ラストダンスは私に』といった気持ちが本作からは滲み出ている。


(4)以下(1)~(3)をまとめてみたい。
 チャップリンの作品や細かい日常の記憶が、時の経過と共に過去のものになっていくように、多分この映画も過去のものとなっていく。なので、この作品が記録した「今」もそのうちに「大昔に撮られた大昔のこと」として忘れさられていく。
 ただし『イリュージョニスト』がそうであったように、時の流れによる風化を免れるものはないが、過去は受け継ぎ"刷新"することができる。
 「過去」になろうとしている草刈民代のダンサーとしての日々や、実際に過去になっていたチャップリン作品の中に眠る人の本質や美しさを「今」に刷新したのが本作であるならば、これを「映画」として残し未来へパスすることで、本作のようにまた誰かが、かけがえのない「今」のものとして刷新してくれるかもしれない。
 本作で描かれるあまりに雑多でまとまりのない要素を俯瞰すると以上のようなメッセージが読み取れないだろうか。
 以上、本作は"映画"という媒体の特性を活かして様々な「アプローチ」をもって「今」を記録する重要性を描いた作品だと思う。


 バレエ映画として『ブラック・スワン』との対比で描こうと思っていたのですが、まるで違う作品でしたね。少しまとまりはないかもしれないけれど、見応えのある映画ではありました。
 
 夏菜レベル。

 次回は『天然コケッコー』以来の、念願の山下敦弘の最新作『マイ・バック・ページ』の感想です。
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ダンシング・チャップリン

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