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『蜂蜜』は"ハチとユフスの神隠し"だよ。

bal

 今回はセミフ・カプランオール"ユフス三部作"の三作目『蜂蜜』の感想です。というとなんだかよくわかりませんが、実を言うと僕も他の2作品は見ておりませんのでチンプンカンプンです。

 観に行った映画館は銀座テアトルシネマ。水曜日1000円の日でそこそこ混んでいました。日中はご老体だらけですが、夜の回はサラリーマンやOLが多めです。


概要:2010年のトルコ映画。監督・脚本は『卵』『ミルク』のセミフ・カプランオール。本作でベルリン国際映画祭・金熊賞を受賞。
 6歳のユスフ(ボラ・アルタシュ)は、手つかずの森林に囲まれた山岳で両親と共に暮らしている。幼いユスフにとって、森は神秘に満ちたおとぎの国で、養蜂家の父(エルダル・ベシクチオール)と森で過ごす時間が大好きだった。ある朝、ユスフは夢をみる。大好きな父にだけこっそりと夢をささやき、夢を分かち合う。ある日、森の蜂たちが忽然と姿を消し、父は蜂を探しに森深くに入っていく。その日を境にユスフの口から言葉が失われてしまう……。数日経っても父は帰ってこない。ユスフに心配をかけまいと毅然と振る舞っていた母(トゥリン・オゼン)も、日を追うごとに哀しみに暮れていく。そんな母を、ユスフは大嫌いだったミルクを飲んで励まそうとする。そしてユスフは、1人幻想的な森の奥へ入っていく……。
"goo映画"より抜粋)


(1)"神隠し"というと、実に日本的な表現だけれど、こんな近代文明溢れた東京の町でも確かに山や森には何か神秘的で奇妙な気配がある。それはかつて山神だったり天狗だったり狸や狐だったりと呼ばれるわけだけど、そういったところはしめ縄が張られあの世とこの世の境界線とされていた。
 そのような不気味で神聖な場所に紛れ込んで帰ってこなくなった人がいたとして、それを"神隠し"と言った我々の先祖の感覚はとても的を得たものだったと思う。

 本作で印象的なシーンの一つとして、森に蜂蜜を取りにいって突然発作で倒れた父のために主人公ユフスが水を汲みにいくと河の向こう岸には逆光により神々しく堂々と立つカモシカの姿がある。ユフスはそのカモシカに見とれてしまう。
 『もののけ姫』におけるシシガミの登場シーンを彷彿とさせるが、まるで父親をカモシカが象徴する神秘的な「自然」が呑みこもうとしているかのようである。


(2)本作は『ブンミおじさんの森』同様に朗らかな闇に溢れる森のショットから始まるが、むしろ映画全体が森の様相をしていると言ってもよい。
 トルコ映画といえば赤い土と乾いた砂埃のイメージだが、本作はジメッとした森が舞台である。都会育ち都会暮らしの僕などはちょっと観光地気分でうっとりしてしまうほどの大きな針葉樹に囲まれた山小屋が主人公の住む家だ。
 またセリフもほとんどなければ、音楽など皆無の本作において、BGMは虫や鳥の声と河のせせらぎと雨や雷の音だ。
 このように本作は薄暗くジメッとした空気感が本作全体を覆いまるで映画全体が森のようなのだ


(3)本作は基本的に子供が主人公のため子供の視点で描かれる。カメラの位置も大体子供の目の高さだし、大人の難しい話や山村の外のことは子供が解る範囲でしか伝わらない。母親が悲しんでいるのはユフスがお手伝いもしないし牛乳を飲もうともしないからだし、何よりの目標はきちんと教科書を音読してかっこいいバッヂをもらうことである。
 ただし彼は吃音持ちのため、基本的に話す能力に欠けている。

 子供であるうえに言葉すら持てないユフスは現実世界に対して哀しいほど無力である。だがそれ故に現実に対して自分なりの付き合い方を持つ。


(4)ちょっと脱線してトルコ国民の99%が信望する宗教イスラームと自然の関わりを考えたい。
 同じ旧約聖書が聖典の元ネタとしてあるキリスト教と違い、イスラームにおいて自然は神の前に人と同列の存在であり、キリスト教のように神の姿をした人間がエラいということはない。更にイスラームで「自然」を表す語は「タビーア」というそうだが、その語源を辿ると「ピュシス(physis)」というギリシャ語にたどり着く。この語は、「成長」「性質」「パワー」「火・水・土・風」という万物を内包する自然の構成要素を意味するが、その「万物」には神も含まれるそうだ。
 また例えば『マイティ・ソー』のようなキリスト教伝来以前の神々が自然を象徴することが多い一方で(ソーは雷を象徴する神である)、それらの神々を排斥しようとしたキリスト教は『アンチクライスト』『赤ずきん』のごとく自然を"魔のもの"とみなしたことは、逆から読むとその自然が神性を保っている(それ故に自然を"魔のもの"として離しておきたい)ことを証明していると思う。

 以上のような万物を総括する働きを持つ「自然」だからこそユフスは父親が死んだと知らされたき、森へと走ったのだ。父親は"神隠し"にあった――自然に飲み込まれたに違いない、だから森へ行けばまた会えるはずと。それは現実に対してあまりに無力なユフスの彼なりの"付き合い方"であったのだろう。
 ユフスが森の中に入りまるで森と同化したような最後のシーンの安らかな顔には何やら母親に抱かれている赤ん坊のような温かさすら感じた。


 以上『蜂蜜』は、おそらく万国共通の"自然の持つ神秘的な雰囲気"を身近な子供視線で描き出した作品であると思う。


 セリフをほぼ信用せず、淡々とした作品で眠気を誘われるかもしれませんが、なかなか映画読解力が上がる素敵な作品だったと思います。

 井川遥レベル。

 次回はお待たせいたしました、ゴロちゃんの新作『コクリコ坂から』の感想です。
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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/08/12(金) 03:28:46|
  2. 映画ハ行
  3. | トラックバック:5
  4. | コメント:2
<<『コクリコ坂から』で「まるで安っぽいメロドラマさ」と言っているよ。 | ホーム | 『BIUTIFUL ビューティフル』はカミサマ不在の宗教映画だよ。>>

コメント

アジアの森

お早うございます。TBを送っていただき、誠にありがとうございます。
ユシフ3部作については、初めの『蜂蜜』に感動しましたので、残りの『ミルク』と『卵』も2週に分けて見てしまいました(『卵』については、昨日が最後の上映でしたので、慌てて銀座テアトルシネマに駆け込んだところです)。
さて、『蜂蜜』について、かろブッチさんが、「本作は薄暗くジメッとした空気感が本作全体を覆いまるで映画全体が森のようなのだ」とおっしゃる点は、いつもながらの実に鋭いご指摘だなと思いました(加えて、父親の失踪を「神隠し」と捉える視点も、すごく独創的です)。
マサニ、この映画の中心は「森」ではないでしょうか?
それで、クマネズミも同じようにタイ映画『ブンミおじさんの森』を思い出しました。
ただ、かろブッチさんは、結論的に、「万国共通の"自然の持つ神秘的な雰囲気"」と述べておられますが、クマネズミの方では、映画に描かれる場合、なんだか西欧の森とアジアの森と比べると、共通性よりも違いの方が目立つような感じがしてしまうのです。
すなわち、『蜂蜜』とか『ブンミおじさんの森』(それに、河瀬直美監督の『萌えの朱雀』や『殯の森』)で描かれるアジアの森は、人間に随分親和的ですが、イタリア映画『四つのいのち』とか米国映画『エッセンシャル・キリング』(ノルウェーとかポーランドの森が映し出されます)で描かれている西欧の森は、むしろ人間と対峙するもののように思えるのです。
例えば、映画に登場する場合、西欧の森では、アジアの森のように、風に木々がそよぐということが余りないのではないでしょうか?
ということもあって、『蜂蜜』とか『ブンミおじさんの森』(それに河瀬監督の作品)等が、西欧の人達には随分と興味深く思えて、ベルリン国際映画祭などでイロイロな賞を獲得することができたのではないかな、そこにはもしかしたら、かろブッチさんが(4)で述べておられるキリスト教の影響もあるのではないかな、などと、物凄く大雑把でいい加減なこと、文化の比較を軽々にしてはならないことは重々承知の上で、暇に任せて密かに考えたりしているところです。
  1. 2011/08/13(土) 05:54:05 |
  2. URL |
  3. クマネズミ #nmxoCd6A
  4. [ 編集 ]

Re: アジアの森

> クマネズミさま

 コメントありがとうございます。

> イタリア映画『四つのいのち』とか米国映画『エッセンシャル・キリング』(ノルウェーとかポーランドの森が映し出されます)で描かれている西欧の森は、むしろ人間と対峙するもののように思えるのです。
> 例えば、映画に登場する場合、西欧の森では、アジアの森のように、風に木々がそよぐということが余りないのではないでしょうか?

 そもそも欧米文化も自然崇拝だったわけで、例えば『マイティ・ソー』にせよ魔女信仰にせよ、全て自然の神。アメリカにしたってネイティブやアフリカ系の人はアミニズムの自然崇拝であったはず。キリスト教は自然を魔のもの(『アンチクライスト』みたいに)として隔離したけれど、それもキリスト教がそもそもその地に根付いていた他の自然崇拝の宗教を認められないシステムであるが故に引き離した。
 でも自然と人間って切っても切り離せないものなんじゃないかなって思うんです。人間もある意味自然の一部だし。この映画や『ブンミおじさん』、それに『萌の朱雀』などが認められたのもそこに人間の根源的な憩い・母体である「自然」が描かれていたからなんじゃないかなーって。そう推測いたします。

 また遊びに来てください。
  1. 2011/08/13(土) 18:07:19 |
  2. URL |
  3. かろうじてアメリゴ・ベスプッチ #-
  4. [ 編集 ]

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蜂蜜

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