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『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』は21世紀のヌーヴェルヴァーグだよ。

ゴダールとトリュフォー

 そんなこんなでそこそこ真面目に更新していってこの溜まりに溜まったノルマをなんとかしてやろうと思っております。
 今回は『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』という、ヌーヴェルヴァーグの時代を扱ったドキュメンタリー映画の感想です。

 観に行った映画館は新宿のケイズシネマ。ファーストデイに行ったのですが、この映画館は1000円で見れる日がファーストデイしかないのもあり、公開3日目というのもあり満席でした。客層は一人客が多めで、中でも中年以上の方が多かったです。若い人もちらほらと。


概要:2010年のフランス映画。製作・監督はエマニュエル・ローランという人。脚本はアントワーヌ・ドゥ・ベックという人。
 “ヌーヴェルヴァーグ”の名を世界に知らしめたフランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』がカンヌ国際映画祭で上映されセンセーションを巻き起こしてから50周年になるのを記念して製作されたドキュメンタリー。ヌーヴェルヴァーグを代表するふたりの巨人、フランソワ・トリュフォーとジャン=リュック・ゴダールの友情と決別までの軌跡、そしてふたりの間で翻弄されることになる俳優ジャン=ピエール・レオの運命を振り返る。
("allcinema online"より抜粋)


 ゴダール作品って特に初期の作品はポップで好きですが、『勝手にしやがれ』『小さな兵隊』など公開当時斬新だとかモラルがないとか言われていた意味はよくわからない。理屈や知識ではわかるけど、それを今見て"新しい"と思えない。そこに毎回寂しさを感じる。
 それでもゴダールが、もしくはトリュフォーやアニエス・ヴァルダやルイ・マルやアラン・レネなどのヌーヴェルヴァーグの監督たちが、それでも50年後の若者たちのアイドルでいられるのか、その理由が本作では描かれていると思う。


(1)ゴダールに関しては『ゴダール・ソシアリスム』の時にも書いたと思うけれど、思春期の僕にとって最強のアイドルであったが、トリュフォーに関してはそんなに愛着は無かった。
 それは何故か。ゴダールの映画は今でも明らかに常識外れの映像で、その色彩、構図、編集、音どれをとっても刺激的だし、何よりゴダール作品の方がジーン・セバーグやアンナ・カリーナ、ブリジット・バルドーなど可愛い女の子が出ていたのが決め手となっていた。
 トリュフォーも当時としては斬新な映像だったそうだけど、今見たらそうでもないし、『突然炎のごとく』のジャンヌ・モローは思春期の僕には年上すぎた。
 それもそのはず、本作で語られているように、ゴダールは映像に重きを置いていたが、トリュフォーはどちらかというと物語性に重きをおいていた。ゴダールの方がわかりやすく刺激的なのだ。


(2)でもって本作は『勝手にしやがれ』『大人は判ってくれない』が封切りした当時の観客や批評家の感想が挿入されているが、当時としてはその演出というよりも、それもあるのだが、それを含めた思想やテーマが斬新で刺激的だったそうだ。そのどういった点が斬新だったのかという説明がされなかったのは残念だったが、例えば"チープでポップな命"という反倫理的なテーマに扱った『告白』がチープでポップな演出で描かれ、刺激的で斬新な一方で多くの人が拒否反応を起こしたという構図に似ているかもしれない。
 ただ多分その当時の衝撃は蓮實重彦先生くらいの知識と読解力と想像力があったとしても伝わらず、それは当時の人にしか分からないものなのだろう。

 で、我々後追いの世代は結局その映像の持つポップな刺激や、歴史性を楽しむという仕方で彼らの作品を鑑賞し、当時『大人は判ってくれない』『勝手にしやがれ』に熱狂していた人々と同様の楽しみは共感できないのだ。


(3)本作ではおそらく当時の刺激的な思想やテーマがなんであったかを描かないのがミソなのであろう。
 そして本作は上記のごとく新たなゴダールとトリュフォー作品の楽しみ方を提示している。

 本作で描かれるのは育った環境も学歴もまるで違う二人が映画愛ゆえに出会い、5月革命以降、映画に対する考え方の違い(ゴダールは映像に対する刺激・政治性を、トリュフォーは物語・ファンタジー性を重視した)ゆえに決裂していった(それと二人の作品に愛された故に二人の兄貴分の間で悩んだジャン・ピエール・レオーという少年の)物語である。
 その"物語"を語るのに必要とされるのはゴダール映像の刺激であり理屈っぽさトリュフォー映画の甘酸っぱい物語性と少年っぽさ、そして映画青年としての彼らのキャラクター性であり、彼らの政治的思想や芸術論、社会意識云々は必要最低限しかいらないのだ。
 そしてヌーヴェルヴァーグから50年経った今だからこそ、二人の映画青年の友情にまつわる20世紀最大の映画革命の始まりと終焉の"物語"という新たな視点の楽しみ方が可能なのである。


(4)映画というのはその時代を映す鏡とよく言われる。

 『市民ケーン』の演出を見て今さら驚く人は少ないだろう。1931年の『魔人ドラキュラ』を見て恐怖のあまり卒倒する人もいない(ましてや恐怖目的で『魔人ドラキュラ』を見る人すら少数だろう)。クラシック作品で今見ても傑作というのは星の数ほどあるけれど、それは当時の観客が同じ作品を見て傑作と言った感想とは違う感想で傑作なのだろう。

 『コクリコ坂から』で登場人物が叫ぶ浅はかな懐古趣味に対しての不満を書いた時にも記したけど、古いモノの素晴らしさは古いからではなく、その価値を時代によって変化させ、価値の多様性を産むからではないだろうか。


 以上、『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』は、『勝手にしやがれ』『大人はわかってくれない』などの公開当時のテーマや思想などの持つ社会的意義は剥ぎ取り、作品のもつキャラクター性やキャッチーな映像、愛おしいストーリー、ゴダールとトリュフォーとジャン・ピエール・レオーのキャラクター性などを抽出し、ヌーヴェル・ヴァーグの時代ではない、50年後の未来に住む我々ならではの楽しみ方を描いた作品だと思う。


(5)不満点はフィクションの現代パート(ゴダールとトリュフォーのことを調べている男女)がしばしば挿入されるけど、それがあまり意味を成していなかったこと。「現代からの視点」というテーマを彼らのドラマで暗示して欲しかったです。
 あとそんな「斬新」ではないことも不満。もはやテーマや思想的に「斬新」ではなくなったヌーヴェル・ヴァーグを違う視点で「斬新」にして欲しかったです。


 ヌーヴェルヴァーグ作品の入門としても悪くはない気がします。色んなオシャレな映像が見られるし、これ見たことない人が見たら見たくなっちゃうんじゃないでしょうか?

 広瀬アリスレベル。

 次回は監督が新しい『GODZZILA』の監督に選ばれたことでも話題です『モンスターズ/地球外生命体』の感想です。
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テーマ:映画館で観た映画 - ジャンル:映画

  1. 2011/08/20(土) 00:48:06|
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